プロローグ

 放課後の旧校舎、三階の廊下は、西日が差し込んでオレンジ色のトンネルのようになっていた。 僕、**指(ゆび)**は、誰もいない美術室の片付けを終えて、一人で教室に戻ろうとしていた。

「指くん」

不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。 振り返ると、そこにいたのはえまだった。

彼女は、この学年の「マドンナ」だ。さらさらの髪、いつも誰かに囲まれている明るい笑顔。僕のような、教室の隅でひっそりと呼吸しているような人間とは、住む世界が違うと思っていた。

「……えま、さん。どうしたの?」

僕がそう言うと、彼女は少しだけ俯いて、ローファーの先で床をなぞった。あの、誰にでも完璧な笑顔を見せる彼女が、今はひどく緊張しているように見える。

「あのね、ずっと言いたかったんだけど」

彼女が顔を上げた。夕陽を背負った彼女の瞳が、熱を帯びて潤んでいる。

「私、指くんのことが好きなの。……付き合って、くれないかな?」

廊下に流れる沈黙。遠くから聞こえる吹奏楽部の音さえも、どこか遠い国の出来事のように感じられた。 僕の頭の中は、「なぜ」という疑問と、バクバクと暴れる心臓の音で埋め尽くされる。

「僕で、いいの?……その、僕は面白くないし、地味だし」 「指くんがいいの」

えまは一歩、踏み込んできた。彼女の甘い石鹸のような香りが鼻先をかすめる。

「指くんの、丁寧なところとか。たまに笑う時の、不器用そうな顔とか。……全部、私が独り占めしたいの」

その言葉が、僕の心の奥にある、自分でも気づかなかった扉をそっと叩いた。 僕は、震える手をぎゅっと握りしめて、やっとの思いで言葉を絞り出す。

「……僕も。……よろしくお願いします」


第一章:秘密の始まりと交換日記

 学年のマドンナ、えまからの告白。それは僕の人生の運賃をすべて使い果たしたかのような出来事だった。 付き合い始めて最初にした約束は、「交換日記をすること」。

「指くん、はい。今日の分」

朝の靴箱。人目が途切れた一瞬を見計らって、彼女は青いノートを僕の手元に滑り込ませる。 教室では、僕と彼女は「ただのクラスメイト」のふりをしている。えまの周りには常に主役級の男女が集まり、僕はその輪の外側で息を潜めているからだ。

授業中、こっそり開いたノート。

『昨日の放課後、指くんが美術室で片付けしてる背中、窓の外から見てたんだよ。本当は声かけたかったけど、恥ずかしくて無理でした。』

文字だけは、饒舌だ。普段、僕と話すときに少し顔を赤らめるだけの彼女が、紙の上ではこんなにも「恋する女の子」の顔を見せてくれる。僕は震える指先で、万年筆のインクを紙に落とした。

第二章:放課後の密室、重なる呼吸

 放課後の旧校舎。僕たちは誰もいない美術室で、たまに「密会」をする。 二人きりの部屋。外からは吹奏楽部の練習の音が微かに聞こえる。

「……あのね、日記に書いてあったこと。……その、嬉しかった」

僕が勇気を出して言うと、えまはキャンバスの影で僕の隣に座った。 マドンナと称される彼女の横顔。まつ毛の長さ、耳の形の小ささ。すべてが美術品のように綺麗で、僕は息をするのを忘れてしまう。

「指くん……。日記だと書けるのに、会うと全然喋れなくなっちゃうね、私たち」

彼女が小さく笑って、僕の右手に自分の手を重ねた。 「指くんの指、すごく綺麗」 彼女の指先が、僕の関節をなぞる。童貞の僕にとって、それは電気信号が走るような衝撃だった。 逃げ出したいほどの緊張と、ずっとこうしていたいという欲望。 静まり返った部屋で、二人の心臓の音だけが、どちらがどちらのものか分からないほど速く重なっていた。

第三章:沈黙の初デート、そして告白

 初めてのデートは、隣町の大きな公園だった。 私服の彼女は、学校で見るよりもずっと大人っぽくて、僕は自分のダサい格好が恥ずかしくて俯いてばかりいた。

ベンチに座って、三十分。 会話は途切れ、噴水の音だけが響く。僕は「何か言わなきゃ」と焦るほど、喉が塞がっていくのを感じた。

「……指くん、怒ってる?」

えまが不安そうに僕の顔を覗き込んだ。

「違うんだ、怒ってない! ただ……僕が君に不釣り合いすぎて、何を話せばいいのか分からなくて」

僕が情けなく吐露すると、えまは少し驚いた顔をして、それから今日一番の笑顔を見せた。

「なんだ、同じだったんだ。私もね、指くんに嫌われないようにって、頭の中が真っ白だったの」

彼女はバッグからあの青いノートを取り出した。 「今日は、帰ったらこの沈黙がどんなにドキドキしたか、いっぱい書くね」

その言葉に、僕の心の強張りがふっと解けた。 マドンナだから完璧なわけじゃない。僕と同じ、17歳の女の子が、初めての恋に戸惑っているだけなんだ。

帰りのバス。僕は思い切って、彼女の指に自分の指を絡めた。 えまは一瞬びくっとしたけれど、すぐに僕の指を、折れてしまいそうなほど強く握り返してくれた。

第四章:教室の喧騒と、ノートの中の叫び

 卒業式まで、あと一ヶ月。 教室の空気は、受験のピリピリ感と、最後の思い出作りの浮足立った空気が混ざり合っていた。

「おい指、お前ほんと地味に生きてるよな。高校生活終わるぞ? マドンナと話せるチャンスもあと少しかー」

悪友のケンタが、僕の背中をバンバンと叩く。僕は愛想笑いを浮かべて、鞄の中の青いノートの感触を確かめた。 ケンタは知らない。君たちが遠巻きに憧れているマドンナが、このノートの中では、僕だけにしか見せない顔をしていることを。

昼休み、人気のない渡り廊下で、えまからノートを受け取った。 彼女の友人のサキが、遠くからニヤニヤしながらこっちを見ている。「あんたたち、バレバレだからね」という口パクが見えた。えまは耳まで真っ赤にして、逃げるように去っていった。

個室トイレに駆け込み、震える手でノートを開く。昨夜、僕が書いた『もうすぐ卒業だね。離れるのが怖いよ』という弱音に対する、彼女の返事。

『指くんがいなくなるなんて、嫌だ。大学に行ったら、きっと可愛い先輩とかいるんでしょ? ……ねえ、お願いがあります。卒業する前に、私を指くんの「特別」にしてほしいの。 次の放課後、美術室で。……キス、してくれませんか?』

文字が、少し滲んでいる。彼女がどれだけの勇気を振り絞ってこれを書いたのかが伝わってきて、僕はトイレの中で膝から崩れ落ちそうになった。

第五章:美術室、午後五時の静寂

 放課後の美術室は、油絵具の匂いと、冬の冷たい空気に満ちていた。 西日が差し込む窓辺に、えまが立っていた。いつもは完璧な彼女が、今日はブレザーの裾を両手でぎゅっと握りしめている。

「……ノート、見た?」

彼女の声が震えていた。僕は無言で頷き、彼女の隣に立つ。 心臓の音がうるさすぎて、耳鳴りがする。18年間、生きてきた中で一番緊張している瞬間だった。

「私ね、指くん。すごく、怖いよ」

えまが、僕の方に向き直った。夕陽に照らされた瞳が、潤んで揺れている。

「口では好きって言えるし、ノートには大胆なこと書けるのに。いざとなると、指くんの指先に触れるだけで、ショートしちゃいそうになる。……私、マドンナなんかじゃないよ。ただの、臆病な子どもだよ」

彼女の告白が、僕の胸を締め付けた。 そうだ。僕たちは同じだ。大人ぶってみても、中身はまだ何も知らない子ども同士。

「……えま」

僕は、自分の名前が嫌いだったこの「指」を、そっと彼女の頬に伸ばした。 冷えた彼女の頬に触れると、ビクッと肩が跳ねたのが分かった。でも、彼女は逃げなかった。僕の指の温度が、彼女の肌に伝わっていく。

「僕だって、怖いよ。でも……えまが書いてくれたこと、叶えたい」

第六章:五センチの勇気と、初めての熱

 えまが、ゆっくりと目を閉じた。 それは、僕への合図だった。

僕は息を止め、彼女の顔に近づいていく。 あと十センチ。彼女の甘い石鹸の香りが強くなる。 あと五センチ。彼女の長いまつ毛が微かに震えているのが見える。

どうすればいい? 角度は? 鼻がぶつからないか? 頭の中はパニック状態だったけれど、もう止まれなかった。

僕の唇が、彼女の唇に触れた。

それは、想像していたよりもずっと柔らかくて、そして、驚くほど熱かった。 触れた瞬間、全身の血が逆流するような衝撃が走った。

キスは、ほんの一瞬だった。 「んっ……」 どちらからともなく、短い声が漏れ、パッと顔を離した。

「あ、あのっ、ごめん! 鼻、ぶつかったよね!?」 「ううん、大丈夫! 私こそ、歯が当たったかも……!」

二人して顔を真っ赤にして、お互いの口元を押さえながら後ずさる。 ロマンチックな映画のようなキスとは程遠い、不器用で、ぎこちない、子どもみたいなキス。

でも。 再び視線が合ったとき、えまがふにゃりと泣きそうな顔で笑った。

「……指くんの唇、あったかかった」 「……えまのも」

僕たちは、どちらからともなく手を伸ばし、今度はしっかりと指を絡ませ合った。 窓の外では、冬の夕暮れが、街を青とオレンジのグラデーションに染めていた。

明日、ノートになんて書こう。 きっと二人とも、『心臓が止まるかと思った』って書くに違いない。 僕たちの淡い恋は、冬の寒さの中で、少しだけ熱を帯びた確かな形に変わった気がした。


第七章:文字に書き起こす「熱」
 
 あの日の夜、僕は机に向かい、震える手でペンを握っていた。 交換日記の真っ白なページに、何をどう書けばいいのか分からない。

『えまへ。今日のことは、一生忘れません。唇が触れた時、頭の中が真っ白になって、今もまだ心臓がうるさいです。僕の初めてを、えまにあげて良かった。』

翌朝、返ってきたノートには、彼女の想いが溢れんばかりに綴られていた。

『指くんへ。私も、あれからずっと鏡を見て、自分の唇を触っちゃう。変だよね。 今までいろんな人から「可愛いね」って言われてきたけど、指くんに触れられた時が、一番自分が女の子になれた気がしました。 ……ねえ、今度は目、開けててもいいかな? もっと指くんの顔、近くで見たいです。』

文字が語る熱量に、僕は教室で一人、顔が火照るのを抑えられなかった。

第八章:暴かれた秘密と、迫る足音

 「……やっぱり、付き合ってんでしょ?」

休み時間、僕の席にサキがやってきた。えまの親友で、クラスの事情通だ。 僕は心臓が止まるかと思ったが、必死に無表情を装う。

「何の話?」 「隠しても無駄だよ。えま、最近ずっと上の空だし、指くんのこと見る時の目が、もう『好き』って書いてあるもん」

サキはニヤリと笑って、僕の耳元で囁いた。 「指くん、あの子マドンナだけど、中身は超ウブなんだからね。泣かせたら承知しないよ」

バレている。でも、周囲が気づき始めていることは、僕たちの関係が「空想」ではなく「現実」になった証拠のようでもあった。 だが、現実は残酷だ。進路指導室に張り出されたカウントダウン。「卒業まで、あと10日」。 僕は県外の大学へ、えまは地元の短大へ。 離れ離れになる時間が、刻一刻と迫っていた。

第九章:冬の夜、二度目の、そして本当のキス

 卒業式前夜。僕たちは夜の公園で待ち合わせた。 門限を少しだけ破って会いに来てくれたえまは、マフラーに顔を埋めて、白い息を吐きながら立っていた。

「指くん、卒業……おめでとう」 「まだ明日だよ。……でも、ありがとう」

ブランコの鎖が、キィ、と冷たい音を立てる。 「ねえ、日記に書いたこと……覚えてる?」 えまが僕を見つめる。その瞳には、不安と、期待と、そして消えない情熱が宿っていた。

僕は一歩、彼女に近づく。 今度は迷わなかった。僕の指が、彼女のマフラーを少しだけ下にずらし、冷たくなった頬を包み込む。

「目、開けてるから。……えまのことも、見てたいから」

そう告げると、えまは恥ずかしそうに、でもしっかりと僕の目を見つめ返した。 ゆっくりと、吸い寄せられるように距離を縮める。

重なった唇は、今度は逃げなかった。 前回の「事故」のような一瞬の接触じゃない。 お互いの体温を確かめるように、吸い付くような、深い、深い、初めての「本当の」キス。

「んっ……ふ……っ」

えまの小さな吐息が、僕の口の中に流れ込んでくる。 鼻腔をくすぐる彼女の香り。絡み合う舌先が、甘くて、少しだけ苦い。 童貞だった僕が、初めて「一人の女性を愛している」と、身体の芯から理解した瞬間だった。

どれくらい時間が経っただろう。唇を離したとき、二人の間には銀色の糸が細く伸びた。 えまの顔は真っ赤で、潤んだ瞳が熱っぽく僕を見ている。

「……指くんの、ばか。……すごく、気持ちよかった」

彼女の声は、甘く蕩けていた。 僕たちは、どちらからともなく抱きしめ合った。分厚いコート越しでも、彼女の鼓動が僕の胸にダイレクトに伝わってくる。

「卒業しても、離れても……絶対、次はもっと……」 えまが僕の耳元で囁く。 「もっと、指くんに、全部……教えてもらうんだから」

その言葉に、僕は彼女を抱きしめる腕に力を込めた。 指先から伝わる彼女の震え。それは寒さのせいじゃない。 僕たちの未来への、甘酸っぱくて、少しだけ怖い、期待の震えだった。

第十章:日記に綴られた「次は、もっと」

 二度目のキスの後、交換日記の内容は一段と濃密になっていった。 会っている時は顔もまともに見られないのに、文字の上ではお互いの「欲求」が溢れ出す。

『指くんへ。昨日のキス、ずっと頭から離れません。指くんの大きな手が私の背中に回った時、もっと強く抱きしめてほしいって思っちゃった。……今度は、服の上からでもいいから、私の……胸に触れてほしいな。』

その文字をなぞる僕の指先が震える。 内向的な僕にとって、彼女の「胸」という未知の領域は、あまりにも眩しくて恐ろしいものだった。

第十一章:放課後の部室、初めての感触

 冬休み、誰もいない放課後の部室。 外は冷たい風が吹いているが、密室の空気は二人の体温で湿っていた。

「……えま、日記に書いてあったこと、してもいい?」

僕が囁くと、えまは静かに頷き、目を閉じて僕の胸に寄りかかってきた。 震える手で、彼女のブレザーの上から、そっとその膨らみに手を置く。 「っ……」 えまの小さな吐息。柔らかくて、でもその奥には彼女の命の鼓動がドクドクと脈打っている。 指先を少し立てて、形をなぞるように動かす。ブレザーの硬い生地越しでも、彼女の熱が伝わってくる。

「指くん……もっと、直接……」

彼女の震える声に促され、僕はシャツのボタンを一つずつ外した。 初めて目にする、彼女の白い肌。そして、繊細なレースに包まれた、彼女の「女の子」の部分。 直接触れたその感触は、言葉では言い表せないほど柔らかく、指一本動かすたびに彼女が「んっ、あ……」と声を漏らす。 そのたびに、僕の「あそこ」も、今まで経験したことがないほど熱く、痛いほどに昂っていた。

第十二章:秘密の放課後、手の中の熱

 それから、僕たちは何度も「練習」を重ねた。 胸への愛撫、そして少しずつ、その下の未知の領域へ。

ある日の午後、えまの家。両親がいない部屋で、僕たちはシーツの上で重なり合っていた。 僕の指先が、彼女のスカートの中、湿った熱を帯びた場所へと辿り着く。

「あ、指くん……そこ、変な感じ……っ」

えまが僕の肩に顔を埋めて震える。僕の指が、彼女の秘められた蕾に触れると、彼女は大きくのけぞり、僕の腕を強く掴んだ。 初めて触れる、彼女の本当の熱。指先がしっとりと濡れていく感覚に、僕の理性が溶けそうになる。

「指くん、私も……してあげたい」

えまが顔を上げ、潤んだ瞳で僕を見つめる。 彼女の小さくて柔らかな手が、僕のズボンの上から、熱く硬くなった塊を包み込んだ。 「ひっ……!」 思わず声が出る。彼女の手がゆっくりと上下に動くたび、火花が散るような快感が脳を突き抜ける。

「こう、かな……? 指くん、苦しくない?」

一生懸命に、でもどこかぎこちなく僕を扱ってくれるえま。 彼女の指先が、僕の先端をそっとなぞる。その刺激に耐えきれず、僕は彼女の肩を強く抱きしめた。 「えま、ごめん……出るっ!」 真っ白な閃光とともに、僕は彼女の手の中で、18年分の熱をすべて放出した。 「……すごい、熱いよ、指くん」 えまは驚いたような顔をしながらも、優しく微笑んで、僕の汗ばんだ額を拭いてくれた。

第十三章:卒業、そして「一つ」になる夜
 
 そして、卒業式の日。 制服を着るのも最後。交換日記も、最後のページを残すのみとなった。

『指くんへ。今日で高校生はおしまい。 ……今夜、本当の「卒業」をしよう? 私、指くんの奥まで全部、知りたい。』

式が終わった後のホテルの一室。 窓の外には、僕たちの高校生活を見守ってきた街の灯りが広がっている。

「えま……愛してる」 「私も。指くん、大好き」

これまで何度も繰り返してきた愛撫。 でも、今夜の熱はそれまでの比ではなかった。 服を脱ぎ捨て、裸で向き合う僕たちは、もうマドンナでも内向的な少年でもなかった。 ただの一組の、愛し合う男と女だった。

僕の熱が、彼女の深い場所へとゆっくりと沈み込んでいく。 「あ……っ、指、くん……」 痛みに顔を歪めながらも、彼女は僕をしっかりと受け入れ、涙を浮かべて笑った。 初めて「一つ」になった瞬間。 言葉にできないほどの幸福感と、少しの切なさが胸に満ちる。

事の後、僕たちは最後の日記を開いた。 真っ白な最終ページに、二人で一本のペンを持って、一つの言葉を書き込んだ。

『卒業、おめでとう。これから、もっと愛し合おうね。』

インクの匂いと、隣で眠る彼女の体温。 僕たちの淡い、でも最高に熱い「恋愛事情」は、新しい章へと続いていく。


第十四章:消えないインクと、遠くの街

 卒業後、僕は県外の大学へ、えまは地元の短大へと進んだ。 物理的な距離は離れてしまったけれど、僕たちの「交換日記」は終わらなかった。今はノートを郵送し合う、少し贅沢な文通のような形に変わっている。

『指くんへ。大学生活はどうですか? 私は毎日、指くんに会いたくて、あの日記の最終ページを何度も読み返しています。 次に会えるのは、大型連休だね。……あのね、指くんに教えてもらった「気持ちいいこと」、一人で思い出すと顔が熱くなっちゃうよ。』

大学の講義中、届いたばかりのノートを隠れて読み、僕は思わず顔を覆った。 あの卒業式の夜、僕たちは確かに「大人」になった。でも、離れている時間は、指先が覚えている彼女の肌の柔らかさや、あの時の熱をより鮮明に、飢えたものに変えていく。


第十五章:指(ゆび)の孤独と、記憶の感触
 
 大学の狭いアパート。深夜、講義の課題を終えた僕は、えまから届いたばかりのノートを読み返していた。 そこには、前回の再会の夜、僕が彼女に与えた刺激のことが、恥じらうような文字で克明に記されている。

「……えま」

名前を呼ぶだけで、下腹部がズキリと疼く。 僕は電気を消し、暗闇の中で横になった。目を閉じると、彼女の白い肌、鼻をくすぐる石鹸の香り、そして「指くん、もっと……」とせがむあの甘い声が、鮮明に蘇る。

僕は自分の名前にちなんだその「指」を、自分の熱く昂った場所に這わせた。 彼女に触れるときはあんなに優しく動かす指が、今は自分を慰めるために、もどかしく、そして強く握りしめる。

(えま……今、何してるの? 君も僕のことを考えてる?)

彼女のあの柔らかい胸の感触、指を吸い付かせるような湿った熱。 記憶の中のえまを追いかけながら、僕は腰を跳ねさせる。指先が彼女の肌をなぞっているのだと自分を騙しながら、僕は一人、静かな部屋で熱い吐息を漏らし、彼女の名前を何度も何度も呟きながら、行き場のない熱を放出した。

第十六章:えまの告白と、文字の上の官能

 数日後、僕の元に届いたノート。そこには、僕の想像を絶するような彼女の「夜」が綴られていた。

『指くんへ。 今日は、指くんに隠していた「秘密」を書きます。 指くんと離れてから、夜になると身体が火照って、どうしても眠れない時があるの。 そんな時、私は指くんにされたことを思い出しながら、自分でも信じられないようなことをしてしまいます。

指くんの大きな手が、私のここを触ったときのこと。 指くんの熱いのが、私の中に入ってきたときのこと。 自分で自分の身体を触りながら、指くんの名前を呼んで、泣きそうになるの。

昨日の夜も……指くんのノートを読みながら、最後まで行っちゃった。 指くんが私の目の前にいないのが、こんなに苦しいなんて。 早く、本物の指くんに、めちゃくちゃにされたいです。』

ノートのページには、彼女が書いている最中に零したのか、小さな涙の跡のような滲みがあった。 学年のマドンナだった彼女が、文字の上でここまで剥き出しの自分を晒している。

第十七章:繋がる夜、二人の共犯

 その夜、僕たちは電話を繋いだ。 交換日記で互いの「秘密」を共有した二人の間に、もう遠慮はなかった。

「……えま、今、何してるの?」 「……指くんの声を、聴きながら。……ベッドで、服を脱いでるの」

受話器越しに聞こえる、衣擦れの音と、微かな吐息。 「私も、指くんと同じこと……してるよ」

僕たちは、何百キロも離れた場所にいながら、同じ瞬間に互いを想い、自分たちの身体を愛撫した。 電話から聞こえる彼女の「あっ……んっ……」という、絶頂を間近にした喘ぎ声。 それが僕にとって、どんなに洗練された映像よりも、どんなに美しい言葉よりも、僕を激しく突き動かす。

「指くん……愛してる……っ。早く、会いに来て……!」

二人同時に、電話越しに響く吐息と、震える身体。 会えない寂しさを埋めるための自慰は、いつしか二人を「共犯者」にし、次に会う時の期待を爆発的なものへと変えていった。

第十八章:改札越しの確信

 夏休み。三ヶ月という長い離別を経て、僕は地元の駅の改札で彼女を待っていた。 人混みの中に、見慣れた、でも少しだけ垢抜けた彼女の姿を見つけた瞬間、世界から音が消えた。

「指くん……っ!」

えまが駆け寄り、僕の首に腕を回す。周囲の目なんて、もうどうでもよかった。 彼女の髪から香る、あの懐かしい石鹸の匂い。抱きしめた身体の、柔らかさと確かな重み。 「会いたかった……本当に、死ぬかと思った」 耳元で囁く彼女の声は、震えていた。

第十九章:堰を切った欲望

 僕の部屋に戻り、ドアを閉めた。その瞬間に、どちらからともなく唇を重ねた。 靴を脱ぐ暇さえ惜しむように、貪り合うような深い、深いキス。 交換日記に綴った淫らな願いも、電話越しに聴いたあの喘ぎ声も、すべてがこの瞬間のための予稿だった。

「えま、日記に書いてたこと……全部、していい?」 「……うん。日記よりも、もっと、すごいことして」

彼女の服を脱がせていく指先が、もどかしくて仕方ない。 露わになった彼女の肌は、三ヶ月前よりも白く、そして僕を求めるように火照っていた。 ベッドに倒れ込むと、彼女は僕の身体を足で絡め取り、逃がさないように強く抱きついてきた。

第二十章:激情の交わり

 「あぁ……っ、指くん、本物だ……っ」

僕が彼女の胸を、そしてその下の熱を愛撫すると、彼女はのけぞって絶叫に近い声を上げた。 一人の夜に、自分の指で慰めていたのとは違う、愛する人の指が与える衝撃。 彼女の秘部は、すでに僕を受け入れる準備が整いすぎていて、指先を滑らせるだけで「ひっ、あ……っ!」と激しく震える。

「指くん、もう、待てない……入れて、早く……っ!」

僕は彼女の願いに応えるように、一気に腰を沈めた。 「……っ!」 お互いに、衝撃で息が止まる。 きつく、熱く、締め付けるような多幸感。 「あ、あああ……っ! 指くん、指くん……!」

三ヶ月分の空白を埋めるように、僕たちは何度も、何度も激しく突き合った。 ベッドが軋む音、重なる肌の音、そして混じり合う激しい吐息。 内向的だった少年と、完璧だったマドンナの姿はそこにはない。 ただ、狂ったように互いを求め合う、若い二人の剥き出しの愛し合いがあった。

第二十一章:繋がったままの、新しい日記

 嵐のような情事が終わり、二人は汗ばんだ身体を重ねたまま、荒い息を整えていた。 えまの瞳には、最高の快楽の果ての涙が浮かんでいる。

「……ねえ、指くん。離れてた時間、ずっとこの熱さが欲しかったの」 「僕もだよ。もう、離したくない」

僕は彼女の額にキスをして、枕元にあったあの青いノートを手に取った。 「あ……っ、今書くの?」 えまが恥ずかしそうに笑う。

僕は新しいページの冒頭に、太い文字でこう記した。

『本物の君は、日記の何百倍も熱くて、愛おしかった。』

えまがそのペンの端を一緒に持ち、僕の文字に寄り添うように付け加える。

『もう、独りで日記を書くのはおしまい。これからは、二人で隣に座って書こうね。』

外では、夏の夜の虫の声が響いている。 童貞と処女の「淡い恋愛」から始まった二人の物語は、この夜、誰にも壊せない強固で濃密な「愛の物語」へと昇華した。
                   完