『「59」上書きの指(フィンガー)』
2026/01/20(火)
指は勉強が苦手なわけではありません。ただ、佐藤先生(23歳)教育実習生 と二人きりになりたくて、わざと難しい数式や英単語を「わからない」と言って居残ります。
放課後の教室は、西日に焼かれた埃が金色の粒子のように舞っていた。
「指(ゆび)くん、ここ。この公式の展開、もう一回やってみようか」
隣から聞こえる佐藤先生の声は、耳の奥に心地よい微熱を運んでくる。二十三歳の彼女が纏う、石鹸の香りに微かなコーヒーの匂いが混じった「大人の香気」が、十六歳の僕の肺をいっぱいに満たした。
僕は返事もできず、握りしめたシャーペンに力を込める。
「指」という僕の名前は、自分でも少し奇妙だと思っている。器用な男になるようにと父が付けたらしいが、今の僕は、机の上に置かれた自分の手が、ひどく無骨で、邪魔な、持て余す塊のようにしか思えなかった。
視界の端に、先生の手が見える。 白く、透き通るような肌。丁寧に切り揃えられた爪が、夕暮れの光を反射して桜色に輝いている。その指先が、僕のノートの余白を優しく指し示した。
触れたい。 けれど、触れてはいけない。
十六年間、僕の指は誰の体温も知らない。母の手に引かれた幼い記憶を除けば、僕の指先は、女性という未知の存在に対してあまりにも無垢で、そして臆病だった。
「先生……」
掠れた声で呼びかけると、彼女が不思議そうに首を傾げた。至近距離で見つめる彼女の瞳には、困惑したような、けれど慈しむような光が宿っている。
「どうしたの? 指くん」
その唇から自分の名前が零れるたび、指先に痺れるような感覚が走る。僕は答えの代わりに、震える右手をゆっくりと動かした。教科書の上で、僕の指が彼女の指に向かって、数センチの距離をじりじりと埋めていく。
彼女の左手の人差し指に、小さく貼られた救急絆創膏。それが、今日の放課後、僕の視線を釘付けにしていた。
「あ、これ? 昨日の夜、リンゴの皮を剥くのを失敗しちゃって」
僕の視線に気づいた佐藤先生が、照れくさそうに指を振ってみせた。その仕草で、端の剥がれかかった絆創膏が、彼女の柔らかな肌から浮き上がる。
「……貼り替えましょうか。僕、保健委員なので」
咄嗟についた嘘だった。けれど、彼女は「あ、お願いしようかな」と、屈託のない笑顔でその左手を僕の方へ差し出した。
心臓が、喉のすぐ裏側で鐘のように打ち鳴らされる。
僕はカバンの中から、一度も使ったことのない予備の絆創膏を取り出した。指先が、目に見えて震えている。それを悟られないように、僕は机の下で一度拳を握り、ゆっくりと彼女の手に向かって自分の指を伸ばした。
初めて触れる、自分以外の「指」。
慎重に、壊れ物を扱うように、僕は彼女の指先をそっと支えた。指先が触れた瞬間、そこだけが異常な熱を持っているように感じて、脳が痺れる。僕の手は、彼女の肌に比べて驚くほど熱くて、そして湿っていた。
「指くん、手がすごく温かいね」
彼女の呟きが、静かな教室に響く。 僕は古い絆創膏の端を掴み、ゆっくりと剥がした。露わになった彼女の指先は、想像していたよりもずっと小さくて、華奢だった。小さな傷跡が、生々しく、けれど愛おしく僕の目に映る。
新しい絆創膏を、彼女の細い指に巻き付けていく。 一度、二度。 僕の指が、彼女の指をなぞるように滑る。一秒にも満たない接触の繰り返し。それが、僕にとっては永遠に続く儀式のようだった。
「……できました」
ようやくそう言えたとき、僕の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。 貼り終えた絆創膏を、最後の一押しで定着させる。指先を通して伝わる彼女の脈拍と、僕の脈拍が、重なり合って溶けていくような錯覚に陥った。
「ありがとう、指くん。……なんだか、魔法をかけてもらったみたい」
彼女はそう言って、僕が手当てしたばかりの指を、自分の頬に愛おしそうに当てた。 僕の指に残った彼女の冷たくて柔らかい感触が、いつまでも消えずに熱を帯び続けていた。
この日から、僕の名前は、単なる記号ではなくなった。 彼女に触れるための、たった一つの理由になったんだ。
朝の霧が立ち込める峠道。一時間の長旅を強いる古い路線バスの車内は、湿った空気と排気ガスの匂いが混ざり合っていた。
指(ゆび)は最後尾の席で、窓の外を流れる暗い杉林を眺めていた。ガタガタと小刻みに揺れる車体。その振動に紛れるようにして、隣に座った見知らぬ男の手が、音もなく僕の太腿に置かれた。
最初は、揺れのせいだと思った。けれど、その指先が這うようにして内側に潜り込んできたとき、心臓の音が耳元で爆発した。
声を上げようとした。けれど、恐怖で喉が引き攣り、空気だけが漏れる。男の手は執拗で、容赦がなかった。十六年間、大切に、あるいは臆病に守り続けてきた僕の身体が、見知らぬ男の、脂ぎった指先に侵食されていく。
「……っ」
信じがたいことに、拒絶とは裏腹に、僕の身体は熱を帯びていった。男の指が、僕の最も柔らかな部分を無慈悲に、けれど確実に追い詰めていく。逃げ場のない座席。峠越えの長い静寂。
やがて、頭の中が真っ白になるような感覚とともに、僕は男の指先で、生まれて初めて「いかされて」しまった。
男はバスが停留所に停まると同時に、何もなかったような顔で降りていった。 残されたのは、無様に汚れた制服のズボンと、ひどく冷え切った僕の心だけだ。
「……最悪だ」
学校のトイレに駆け込み、震える指で汚れを拭き取った。 佐藤先生の指に触れたときの、あの清らかな熱。絆創膏を巻いたときに感じた、あの淡い恋の温度。それらすべてが、さっきの男の感触に上書きされてしまったような気がして、吐き気がした。
男の手で、いかされた。 その事実が、僕の「指」という名前を汚泥の中に突き落とした。
放課後の特別講義。 いつものように準備室で待ってくれているはずの佐藤先生の顔を、今の僕は、どんな顔で見ればいいのか分からなかった。
「指くん? どうしたの、顔色が悪いわよ」
準備室のドアを開けた瞬間、佐藤先生が心配そうに駆け寄ってきた。彼女が伸ばした白い手が、僕の額に触れようとする。
「……触らないでください!」
僕は反射的に、彼女の手を振り払ってしまった。 空を切った彼女の指先が、夕暮れの光の中で悲しげに震えた。僕の頭の中には、朝の男の嫌な指の感触と、今の自分の愚かな拒絶が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って渦巻いていた。
「……嫌だ、あんなの、事故だ」
放課後の教室、僕は一人で自分の右手をじっと見つめていた。 あの男の指。節くれだって、タバコの匂いが染み付いた、あんな汚らわしい指先に、僕の身体は信じがたいほど忠実に反応してしまった。
最悪だ。汚された。そう思って泣き叫びたいはずなのに、脳の奥底には、あの時味わった強烈な痺れが、こびり付いて離れない。
十六年間、僕が大切に温めてきた「快楽」への想像は、もっと静かで、もっと綺麗なものだったはずだ。佐藤先生の手と触れ合い、指を絡ませ、時間をかけて溶け合っていくような、そんな淡い夢。
それなのに。
(……気持ちよかった)
暗い自己嫌悪の底から、化け物のような本音が這い出してくる。 あの男の指が、僕の弱点を執拗に弄った時の感覚。熱がせり上がり、視界が火花を散らしたあの瞬間。身体は正直に、あの暴力的なまでの快感を「もっと」と求めている。
「指くん……?」
背後から、佐藤先生の戸惑うような声がした。 振り向くと、彼女は僕が跳ね除けた手を所在なさげに胸元で握りしめ、潤んだ瞳で僕を見つめていた。
「私、何か気に障るようなことしたかな……。ごめんなさい」
違う。違うんだ、先生。 悪いのはあなたじゃない。先生を汚らわしいと思っているんじゃなくて、僕自身が、先生の清らかな指に触れる資格なんてないほど、汚くなってしまったんだ。
先生が僕の名を呼ぶたび、あの男の指と、それに屈した自分の淫らな反応がフラッシュバックする。 佐藤先生への純粋な恋心と、あの男に刻まれたおぞましい快感。
二つの「指」の記憶が、僕の中で激しくぶつかり合う。 僕は、先生の優しさに縋り付いて泣き出したい衝動と、今すぐあの峠を越えるバスに飛び乗り、またあの指を探してしまいたいという狂った欲望の間で、引き裂かれそうになっていた。
「僕……もう、よく分からないんです」
僕は机に突っ伏した。
「……男の、人に」
絞り出すような声が、静まり返った準備室に落ちた。 佐藤先生は、僕の隣で息を呑むのがわかった。
「朝のバスで、知らない男に……触られて。僕、怖かったのに、逃げられなくて。それで……」
僕は自分の手を、爪が食い込むほど強く握りしめた。これ以上は言ってはいけない。言えば、先生の僕を見る目は、同情から嫌悪に変わるに決まっている。けれど、堰を切った言葉は、泥流のように溢れ出した。
「すごく、気持ちよかったんです。男の人の指なのに。先生を想ってるときよりも、ずっと、めちゃくちゃにされて、頭が真っ白になって……僕、そんな自分が気持ち悪くて、わけがわからなくて!」
叫び終えると、部屋には酷く重い沈黙が流れた。 窓の外では、カラスの鳴き声が遠くで響いている。僕は顔を上げることができなかった。今すぐ消えてしまいたかった。綺麗な先生に、こんな最低な告白を聞かせてしまった。もう二度と、彼女は僕に笑いかけてはくれないだろう。
「……指くん」
震える僕の肩に、柔らかい重みが触れた。 先生の手だ。僕はビクッと身体を強張らせたが、彼女の手は離れなかった。それどころか、包み込むように、ゆっくりと僕の背中に回された。
「……怖かったね。本当に、怖かったね」
先生の声は、泣き出しそうなほど震えていた。 けれど、そこには僕が恐れていた軽蔑の色は微塵もなかった。
「身体が反応しちゃうのは、あなたのせいじゃない。それは、ただの反射なの。指くんが汚れたなんて、私はこれっぽっちも思わない」
彼女の体温が、制服の生地を通して伝わってくる。あの男の、湿ってまとわりつくような熱とは違う。日向の匂いがするような、穏やかで切実な熱。
「でも……僕は、またあの感覚を思い出してるんです。最低ですよね。先生のこと、好きなはずなのに」
僕は縋るように顔を上げた。 至近距離にある佐藤先生の顔。彼女の瞳には、僕の浅ましい混乱のすべてを受け止めようとする、深い覚悟のようなものが宿っていた。
先生は、僕の右手をそっと取った。 指(ゆび)という名前を持つ僕の、震える指先。彼女はそれを自分の胸元へと引き寄せた。
「……上書き、しようか」
彼女の唇が、僕の耳元でかすかに揺れた。
「その嫌な記憶、私が全部、もっと違う熱さで消してあげられたらいいのに」
彼女の細い指が、僕の指の間に割り込むようにして、深く、強く絡められた。 初めての、恋人繋ぎ。 「童貞」だった僕が、ずっと夢見ていた瞬間。
けれどそれは、想像していた「淡い初恋」とは少し違う、濃密で、どこか危うい温度を孕んでいた。
「え……? 上書き、って……」
僕は、自分の耳を疑った。 あまりにも現実味のない言葉が、憧れの先生の唇から零れたからだ。
先生の指は、僕の指を離さなかった。それどころか、僕の節くれだった関節の隙間に、彼女の白く滑らかな指がさらに深く食い込んでくる。
「先生、今……なんて……」
僕が掠れた声で聞き直すと、先生は一瞬だけ睫毛を伏せた。そして、もう一度顔を上げたとき、その瞳には教師としての冷静さではなく、一人の女性としての、どこか熱を帯びた、そして悲しげな光が宿っていた。
「指くんが今、思い出しているのは、その男の人の不快な感触でしょ?」
先生の声が、僕の鼓動を直接揺らす。
「それを、私の体温で塗りつぶしたいの。指くんの『指』に、もっと違う、大切にされる記憶を刻み込みたい。……ダメかな?」
彼女の指先が、僕の掌をゆっくりと這った。 あの男の指は、ただ僕を蹂躙し、消費するためのものだった。けれど今、僕の肌をなぞっている先生の指先は、僕という存在を慈しみ、確かめるような優しさに満ちている。
「でも、先生……僕は生徒で、それに、さっきまで男の人の指で……」
「いいの」
先生は僕の言葉を遮るように、絡めた手にぎゅっと力を込めた。
「名前の通り、あなたの指は、本当は誰かと優しく繋がるためにあるんだってこと、私が教えてあげたい。……嫌だったら、すぐに振り解いて」
そう言って、彼女は僕の手を解放しようと、力を緩めた。
けれど。 僕の指は、反射的に彼女の手を強く握り返していた。
「嫌じゃ……ないです」
心臓が痛いほど脈打つ。 男に植え付けられた、おぞましくも抗いがたい快楽の残像。それに対抗できるのは、今、目の前にいる彼女の熱だけだ。
僕は、自分でも驚くほど切実な力で、先生の指を握りしめた。 十六歳の「童貞」の僕が、初めて自らの意志で、他人の温度に深く踏み込もうとしていた。
「先生……お願いします。僕を、助けてください」
「私も、こんなこと初めてだから……。正直、どうすればいいのかよく分からないんだけど」
佐藤先生はそう呟くと、僕の手を握ったまま、所在なさげに視線を落とした。彼女の頬が、夕闇に溶けそうなほど赤く染まっている。教育実習生として僕たちの前に立っていたときの凛とした姿はどこにもなく、そこには一人の、戸惑う女性がいた。
「でも、指くんの苦しみを、その男の人に預けっぱなしにするのは嫌なの」
先生は意を決したように顔を上げると、僕の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ねえ、指くん。……最初から、詳しく教えてくれる? その男に、どこをどうされたのか。どんな風に指を動かされたのか」
彼女の問いかけは、あまりにも直説的だった。僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「そ、それは……」
「恥ずかしがらないで。全部、言葉にして。それを聞かないと、私はあなたの記憶を上書きできない。あなたが感じてしまったこと、全部、私がもっと強く、優しく上書きしてあげたいから」
先生の指先が、僕の掌の真ん中を、円を描くようにゆっくりとなぞった。
「どこから始まったの? バスの中で、その男の指が、最初に触れたのは……どこ?」
僕は喉が渇くのを感じた。 先生に、あの男との卑猥な出来事を話す。それは、自分の罪を告白するような、あるいは、先生に「自分をあんな風に乱してほしい」と強要しているような、不思議な背徳感があった。
けれど、彼女の潤んだ瞳が、僕の言葉を待っている。
「……最初は、膝の上でした」
僕は震える声で、記憶の蓋を開けた。
「峠の急カーブで、バスが揺れた時です。隣に座っていた男の手が、僕の膝に置いてあった手に……重なったんです。最初はわざとじゃないと思った。でも、その指が、僕の指の隙間に……」
話すほどに、あの時の情景が鮮明に蘇る。男の指の感触、不快な熱、それなのに反応してしまった自分の情けなさ。
先生は、僕の告白を一言も漏らさぬように、静かに、そして少しだけ呼吸を荒くしながら聞き入っていた。
「指の隙間に、どう入ってきたの? こんな風に……?」
先生は僕の言葉をなぞるように、自分の指を僕の指の間に滑り込ませた。
「もっと、乱暴でした」
僕は、自分の中に眠っていた「男の指」の残像と、目の前の「先生の指」を比較するように、さらに言葉を重ねていった。
「……そのあと、男の指は、股の方に……」
「……ズボンの、上から……」
先生の声が、微かに震えていました。僕の告白をなぞるように、彼女の視線が僕の腰のあたりへとゆっくり降りていきます。
言葉にすればするほど、あの時の感触が生々しく蘇り、僕の身体は裏腹な反応を強めていきました。ズボンの布地が突っ張るほどの熱。十六歳の剥き出しの衝動が、憧れの先生の前で隠しようもなく膨れ上がっていきます。
「驚いて、声を出そうとしたのに……脅されて、何もできなくて……。ただ、縮み上がってたんです。それを、男は……ゆっくりと、しごきはじめて」
僕はもう、止まれませんでした。汚らわしいはずの記憶なのに、話すことでその熱が今の身体に直結していく。
「最初は、怖かったんです。でも、男の指が……関節のあたりを使って、グイグイと押し付けるように動いて。それが、すごく、正確で……」
先生は僕の言葉を聞きながら、ごくりと喉を鳴らしました。彼女の顔はもう林檎のように赤く、けれどその瞳は、逃げることなく僕の股間の昂りを見つめています。
「……男の指は、そんなに上手だったの?」
先生の手が、僕の膝の上で震えています。
「指くんが、こんなに……こんなに熱くなってしまうくらい」
彼女はそう言うと、震える指をゆっくりと伸ばしてきました。 かつて絆創膏を巻いてくれた、あの優しくて清潔な指。それが、今度は僕のズボンの、一番熱を持っている部分に、恐る恐る触れようとしていました。
「……男の指がやったこと。私にも、教えて。どんな風に動かされたら、指くんはそんな風に……なっちゃったの?」
先生の指先が、ズボンの生地越しに、僕の硬い熱に触れました。 男の暴力的な指とは違う、頼りなげで、けれど慈しみに満ちた震え。
「ここ……? もっと、強く? それとも……」
彼女の指が、ぎこちなく、けれど僕の言葉を頼りに動き始めます。 男の指への記憶と、目の前の先生の感触が、脳内で激しく火花を散らし始めました。
「あ……ごめんなさい。そうよね、怖かったわよね……」
先生はハッとしたように指を止め、申し訳なさそうに顔を伏せました。僕が今、目の前で昂っているから、つい「快楽」の方にばかり意識がいってしまったのでしょう。
「……怖かったんです。本当に。逃げたくても足が動かなくて、頭が真っ白で。男の手は、僕が怖がって縮みあがっているのを分かっていて、それを無理やり、なぶり殺すみたいに……」
僕は、あの時の屈辱的な感触を必死に言葉にしました。
「縮こまっているのに、男は構わず、ズボンのチャックを下ろして中に手を入れてきたんです。冷たい指が、僕の震えているところに直接触れて……。無理やり大きくさせようとして、指の腹で、執拗に、皮を引きずるようにして……」
話しているうちに、僕の目には涙が浮かんでいました。 今、目の前で猛り狂っているこの熱は、あの時の恐怖が「スイッチ」になって引き出された、呪いのような反応に思えたからです。
「縮んでいたのに、男の指が、無理やり……っ。僕が嫌がって、小さくなろうとすればするほど、男は笑うみたいに指の力を強めて。それで、何度も、何度も、一番敏感なところを……爪を立てるみたいに、擦り上げたんです」
先生は、僕の震える肩を抱き寄せました。
「……無理やり、大きくされたのね。指くんの心が拒絶しているのに、その男の指が、勝手に身体を暴かせていったんだ……」
先生の瞳に、深い怒りと悲しみが混ざり合います。彼女は僕の顔を両手で挟み込み、親指で僕の涙をそっと拭いました。
「怖くて縮んでいたところを、無理やり熱くさせた……その最悪な感触。……ねえ、指くん。今から、その時と同じことを、私がしてもいい?」
彼女の言葉に、僕は息を呑みました。
「復讐じゃないけど、同じ動きを私がすることで、その『怖い』っていう記憶を、私の『熱』で塗り潰したいの。指くんの身体が、その男の指じゃなくて、私の指を……私の指だけを、欲しがるようになるまで」
先生の指が、今度は迷いなく、僕の制服のベルトに掛かりました。 カチャリ、と静かな準備室に金属の音が響きました。
「数式……っ。頭の中で必死に、二次関数のグラフとか、微分の計算とかを並べたんです。そうしないと、自分が壊れてしまいそうで……」
僕は告白を続けました。熱を帯びた言葉が、自分でも制御できないほど溢れ出します。
「でも、数式を思い出そうとすればするほど、男の指の動きが鮮明になるんです。自分で自分を慰めるのとは、全然違いました。人の指の、生き物みたいな節の感触とか、自分じゃ絶対に触らないような角度とか。気持ち悪いのに、頭の芯が痺れるくらい、気持ちよくなって……」
佐藤先生は、僕のベルトに指をかけたまま、深く、深く息を吐きました。彼女の吐息が僕の腰のあたりにかかり、それだけで肌が粟立ちます。
「自分でやるより、ずっと……。そうね、誰かに触れられるっていうのは、自分だけの世界を無理やりこじ開けられることだものね。指くんは、その初めてを、あんな残酷な形で奪われてしまった……」
彼女は、僕のズボンのホックをゆっくりと外しました。ファスナーが下りるジィッという音が、静かな準備室に鋭く響きます。
「数学で抵抗しようとした指くんの健気な心が、その男の汚い指に負けてしまったこと。それが一番、悔しくて、切ない。……でも、指くん」
彼女は、下着越しに露わになった僕の猛りを見つめました。男の指によって開発され、今は目の前の憧れの女性を求めて震えている、身勝手で正直な僕の身体。
「その『自分でやるよりずっといい』っていう感覚。それを、これからは私の指だけで思い出して。あの男の指の動き、私に全部再現させて。その代わり、最後にはその男の顔なんて消し飛んじゃうくらいの、私だけの熱をあげるから」
先生は、迷いの消えた手で、僕の下着の縁を掴みました。
「……見せて。男の指に、どんな風にされたのか。私が、その続きを、もっと深く、もっと正しく、愛で書き換えてあげる」
彼女の指が、僕の熱い肌に直接触れようとしていました。男の冷たい指とは対照的な、柔らかくて、けれど確かな意志を持った指先が、僕の最奥へと伸びてきます。
「先生 今 先生にしごかれたらあっという間にでてしまます。」
「いいよ。我慢しなくていいの」
先生は、僕の切実な訴えを遮るように、優しく、けれど拒ませない強さで囁きました。
「あっという間でも、いい。それが指くんの今の正直な身体なんでしょ? 男の指に植え付けられた記憶が、そんなに敏感に反応しちゃうなら、まずはそれを一度、全部吐き出しちゃおう」
彼女の指先が、ついに僕の熱を直接捉えました。 男のガサガサした指とは違う、吸い付くような、きめの細かい滑らかな指の腹。そのあまりの心地よさに、僕は背中を仰け反らせて、準備室の机を掴みました。
「あ、っ……先生、ダメです、それ……!」
「ダメじゃない。……ほら、ここ、すごく脈打ってる」
先生は、僕が一番敏感になっているところに、絆創膏を貼ってくれたあの時のように、そっと、けれど熱心に指を添わせました。彼女は僕の顔を覗き込み、潤んだ瞳で僕の反応を一つ一つ確かめるように、ゆっくりと指を上下させます。
「自分でやるよりも、気持ちいいんでしょ? 今度は、私の指の感触を、数式よりも深く頭に刻んで。……出すときは、私の指の中で出して」
彼女の手のひらが、僕のすべてを包み込みました。 男に無理やり昂らされた屈辱的な記憶が、先生の柔らかい愛撫によって、猛烈な「快感」へと一気に純化されていきます。
「先生……先生っ……!」
視界が白く霞み始めます。 指童貞だった僕が、ずっと憧れ続けていた先生の指。その指に、今、僕は壊される。
「そう、いい子。……全部、私に預けて」
先生の指の速度が、わずかに上がりました。
「先生 ちょっと待って 忠実に再現するために 一回自分で出します 大人しくさせるために。」
「え……っ、自分で?」
先生は動きを止め、驚いたように目を見開きました。僕の熱を包んでいた彼女の指が、ふっと離れます。
「落ち着かせるために、一度、自分で……。あんな男の記憶で出したくないから、リセットしたいっていうこと?」
先生は僕の意図を汲み取ろうとするように、少しだけ身を引きました。けれど、その瞳は僕の露わになった部分から逸らされず、むしろ熱心に、僕がこれから何をしようとしているのかを見守ろうとしています。
「わかったわ。指くんがそうしたいなら、私は……それを見ていてもいい?」
僕はこくりと頷き、震える自分の右手を、そこへ伸ばしました。
先生の目の前で、自分を慰める。 それは「指童貞」だった僕にとって、死ぬほど恥ずかしくて、けれど避けては通れない儀式のように感じていました。
男の指が残した、汚らわしい残像。 先生の指が与えてくれた、尊いまでの快感。
それらが混ざり合って、僕の頭は爆発しそうでした。だから、一度これを「自分」で空っぽにしなければならない。
僕は自分の指で、自分を握りました。 先生が、すぐ目の前で僕の指の動きを見つめています。彼女の呼吸が少しずつ速くなり、準備室の湿った空気が、僕の肌にまとわりつきました。
「……いつも、そうやってるの?」
先生が掠れた声で尋ねます。 僕は答えられず、ただ無心に自分の手を動かしました。先生の視線に晒されながら、自分の指で熱を擦り上げる。それは男にされた時とも、先生にされた時とも違う、自分の内面を暴き出すような、不思議な高揚感がありました。
「あ、っ……く……」
腰が勝手に浮き上がります。 先生の鼻腔をくすぐるほど近くで、僕の指が、僕の熱を追い詰めていく。
「指くん……すごい……」
先生は、僕が自分の指で自分を果てさせようとするその光景を、恍惚とした表情で見つめていました。 僕は目を閉じ、最後の一瞬、男の顔を必死に追い出し、先生の優しそうな、絆創膏を貼ってくれた時の微笑みだけを思い描きました。
「先生っ……出ます、出し、ます……!」
僕の指の中で、十六歳の真っ白な衝動が、激しく、何度も弾けました。 静かな理科準備室に、僕の荒い呼吸と、皮膚が擦れる音だけが響き渡っていました。
静まり返った準備室に、僕の荒い呼吸の音だけが、やけに大きく響いていました。
やり遂げたという感覚よりも、憧れの先生の目の前で自分を晒してしまったという、とてつもない羞恥心がこみ上げてきます。僕は力なく机に手を突き、肩を上下させていました。
「……はぁ、はぁ、……すみません、先生。僕、なんて格好を……」
顔を上げられずにいる僕の耳元に、衣擦れの音が近づいてきました。
「……大人しくなった?」
その声は、驚くほど穏やかで、どこか悪戯っぽく弾んでいました。 恐る恐る顔を上げると、佐藤先生が至近距離で僕を覗き込んでいました。彼女は、僕が今しがた汚してしまった右手をそっと取り、自分の温かい手のひらで包み込みました。
「これで、あの男の記憶も少しは静まったかな」
先生は僕の指先を一本ずつ、愛おしそうに解いていきます。
「でも、指くん。自分で出すのと、人にされるのは違うって、さっき言ってたわよね。……自分でするのは、ただの作業。でも、誰かに触れられるのは、心と身体の対話なのよ」
彼女は僕の手を机の上にそっと置き、今度は自分自身の右手を僕の目の前にかざしました。
「さあ、ここからは私の番。」
先生は、自分の細い指先を僕の唇にそっと触れさせました。 一度放出したばかりで、ぼんやりとしていた僕の脳に、再び鮮烈な電気が走ります。
「まずは、触れられることに集中して。さっきの男の指は、あなたの声を封じたけれど、私の指は、あなたの声を聴きたいの。……どこが気持ちいい? どうされるのが、嬉しい?」
彼女の指先が、僕の喉仏をなぞり、鎖骨のくぼみを通り、ゆっくりと、けれど確実に、再び熱を帯び始めた僕の腰へと降りていきました。
「大人しくさせたつもりが……あら、指くんの身体は、もう私の指を待ってるみたい」
先生の唇が、僕の耳たぶをかすめました。
「今度は、絶対に怖がらせない。指くんが自分の名前を好きになれるくらい、世界で一番優しい『指』の使い方を、私が教えてあげる」
彼女の指が、僕の肌に再び触れた瞬間。 それは先ほどまでの「リセット」を嘲笑うかのような、抗いがたいほど甘く、痺れるような感覚の始まりでした。
「あ……っ、先生……!」
一度放出したばかりで、肌は過敏すぎるほどに昂っていました。先生の指先が、まるで羽毛で撫でるような繊細さで、けれど確実に僕の急所を捉えます。
「怖くないでしょ? これは、あなたを大切に想うための熱なの」
先生の囁きと共に、彼女の指の腹が、僕の熱い肌を震わせるように滑りました。男の指が「暴力的」だったのに対し、先生の指は「探求的」でした。僕が微かに腰を跳ねさせると、そこが僕の弱点であることを理解したように、重点的に、そして甘美なリズムで、じっくりと解きほぐしていく。
「自分でやるよりも、ずっと……深く響くでしょ?」
その言葉に、僕の思考は完全に停止しました。 男に植え付けられた、あの「嫌なのに、気持ちいい」というおぞましい呪縛が、先生の指に触れられるたびに、一枚ずつ剥がれ落ちていく。代わりに、溶けた蜂蜜のような濃厚な幸福感が、全身の血管を駆け巡りました。
「あ、ああっ……! また、すぐ、出ちゃいそう、です……っ」
「いいよ。何度でも、私で上書きして」
先生の指の動きが、僕の絶頂の波を正確に拾い上げます。 十六歳の瑞々しい身体は、彼女の魔法のような指先に翻弄され、二度目の、けれど今度は純粋な快感の極致へと、あっという間に突き落とされました。
「……あ、っ! 先生っ!!」
僕の熱が、準備室の静寂を切り裂いて、再び勢いよく溢れ出しました。 けれど、驚いたのはその後でした。
「ん……っ」
先生は、僕の熱が溢れるままに、それを愛おしそうに口に含んだのです。
「え……っ!? せ、先生……汚い、ですよ……!」
僕は混乱し、パニックになりながらも、その衝撃的な光景に目を奪われました。学校一綺麗だと思っていた彼女が、僕の、たった今放出したばかりの「恥部」を、まるで宝物でも扱うように受け入れている。
先生は、指先で自分の唇についた雫を拭うと、とろりとした瞳で僕を見上げ、艶やかに微笑みました。
「汚くないわよ。これは全部、指くんの一部だもの。……あんな男の指で出されたものは、全部嘘。これが本当の、私の指くん」
彼女の口の中に、僕の熱が消えていく。 その瞬間、僕の中に残っていた男の感触や、バスの嫌な匂い、自分への嫌悪感は、完全に消失しました。
僕の「指」という名前は、今、この瞬間、彼女によって完全に救済されたのです。
「……指くん、もう怖くないわね?」
先生が僕の指を一本、自分の口元に寄せて、そっと唇を寄せました。 僕は、初めて自分の名前に誇りを感じながら、彼女の髪にそっと自分の指を沈めました。
「あ……っ、せ、先生……っ!」
口内に吸い込まれた瞬間、信じがたいほどの熱と圧力が、僕のすべてを掌握しました。 放出したばかりで疲れ果てていたはずの僕の身体は、彼女の舌が、その柔らかな粘膜が僕の一部を愛撫するたびに、弾かれたように再び硬く、猛烈な熱を帯びて反り上がりました。
一度、二度と果てて、もう空っぽのはずなのに。 先生の喉が動くたび、脳の奥の、まだ開いていなかった扉が強引に抉じ開けられるような感覚に襲われます。
「ん……ん、っ……」
先生は、僕の熱を喉の奥まで深く、激しく迎え入れました。その音。吸い付くような感触。男にされたときの、あのただただ不快だった圧迫感とは、次元が違いました。
これは「暴力」じゃない。僕を、一滴残らず愛し尽くそうとする「渇望」だ。
「先生、もう、無理です……っ。頭が、おかしくなる……!」
僕は机の縁を指が白くなるほど強く掴み、必死に耐えました。けれど、彼女の舌は執拗に、僕の最も敏感な箇所を、逃がさないように捉え続けます。
今、僕を貫いているのは、もう「性欲」なんて言葉では片付けられない、純粋なまでの衝撃でした。 彼女の口の中で、僕の「指」という存在そのものが、ドロドロに溶かされて、再構築されていく。
男の指が残した傷跡も、恐怖も、絶望も、彼女の口内の熱によって焼き尽くされ、真っ白な灰へと変わっていきました。
「あ、っ、あああぁっ!!」
三度目。 それは、自分でも信じられないほどの激しさで訪れました。 先生が僕を吸い尽くそうとする力と、僕がすべてを捧げようとする衝動がぶつかり合い、理科準備室の空気さえも焦げ付かせるような爆発となって、僕の身体を突き抜けました。
出し切った後、僕は魂が抜けたように、がくりと先生の肩に崩れ落ちました。
先生は僕を優しく受け止め、背中をゆっくりと撫でてくれました。彼女の口元は微かに汚れ、頬は火照り、髪は乱れていましたが、その表情は聖母のように穏やかでした。
「……ね、指くん。これで、全部私のものになったね」
彼女が僕の耳元で囁きました。 窓の外はもう完全に夜の闇に包まれていましたが、僕の心には、見たこともないような明るい夜明けが訪れていました。
翌朝、僕はいつものようにあの峠越えのバスに乗りました。 けれど、もう恐怖はありません。 ポケットの中で、自分の右手の指をそっと握りしめる。 そこには、先生が昨夜、命懸けで上書きしてくれた、甘くて切実な熱が、しっかりと息づいていました。
朝の霧が立ち込める峠道。昨日と同じ路線バス、昨日と同じ最後尾の席。
エンジンの振動が響く中、隣に座ったのは、やはりあの男でした。脂ぎった体臭と、タバコの染み付いた空気。男は何も言わず、確信犯的な動きで、昨日と同じように僕の太腿へ汚らわしい指を伸ばしてきました。
「……っ」
男の指先が僕の制服に触れた瞬間、心臓が大きく跳ねました。 男は僕が昨日と同じように恐怖で固まり、されるがままになると確信しているのでしょう。男の指が、昨日よりも執拗に、卑猥なリズムで僕を弄り始めました。
けれど。
昨日と決定的に違うことが、僕の中にはありました。 スラックスの下、僕の肌にはまだ、昨夜先生が何度も何度も、慈しむように触れてくれたあの指先の、柔らかくて高潔な熱の記憶が鮮明に焼き付いている。
男の指がどれだけ汚く這い回ろうとも、それは先生が与えてくれた「愛」という名の絶対的な熱を、一ミリも侵食することはできませんでした。
(……汚くない。これは、僕の指だ)
先生が口に含んで、丸ごと愛してくれた、僕の身体。 僕は、膝の上で握りしめていた右手の拳を、ゆっくりと解きました。
そして。 隣で僕をなぶり殺そうとしている男の手首を、僕は迷いなく、自分の指でガッ、と力強く掴み取ったのです。
「……っ!?」
男が息を呑み、驚いたように僕を見ました。 僕は、恐怖で震えてなどいませんでした。むしろ、男の指があまりに弱々しく、哀れなものに感じられました。
「やめてください。……警察、呼びますよ」
僕は、低く、けれど真っ直ぐな声で言い放ちました。 男の顔が、恐怖で一瞬にして土気色に変わります。僕の指が、男の腕に食い込む。先生が「綺麗だね」と言ってくれた、僕の指。それは今、自分を守り、敵を退けるための、強く誇り高い武器になっていました。
「……っ、クソガキが!」
男は僕の手を振り解くと、次の停留所で逃げるようにバスを降りていきました。
一人残された僕は、窓の外を流れる朝日を浴びた杉林を眺めました。 ポケットの中で、自分の右手の指先を見つめる。
先生が上書きしてくれたのは、快感だけじゃなかった。 自分の名前を、自分の身体を、愛してもいいのだという勇気。
僕は、指先で窓ガラスにそっと触れました。 冷たいガラスの向こう側にある世界が、昨日までとは見違えるほど、輝いて見えました。
今、先生に会いたい。 そして、この指で真っ先に、先生の手を握りたい。 本当の意味で、僕の初恋が、今ここから始まったのだと伝えるために。
放課後、理科準備室の重い扉を閉めると同時に、僕は言葉を溢れさせました。
「先生、今朝……また、あの男がいたんです」
佐藤先生の肩が、びくりと震えました。彼女は持っていた出席簿を机に置き、駆け寄るように僕の正面に立ちました。その瞳には、隠しようのない動揺と、僕を案じる悲痛な色が浮かんでいます。
「……嘘。また、昨日と同じことが……?」
先生の指先が、おずおずと僕の腕に伸びてきました。僕が傷ついているのではないか、またあの「恐怖」に飲み込まれてしまったのではないかと、彼女の指は震えています。
僕はそんな先生の手を、今朝のバスの中と同じように、迷いのない自分の指でしっかりと握りしめました。
「いえ。僕、逃げませんでした」
先生が息を呑むのが分かりました。
「触られた瞬間に、先生のことを思い出したんです。先生が、僕を『綺麗だ』って言って、あんなに大切にしてくれたこと。……そうしたら、あの男の指が、すごく汚くて、ちっぽけなものに見えて。僕、男の手を掴んで、警察を呼ぶって言ったんです」
「指くん……」
「男は逃げていきました。……先生、僕、もう大丈夫です。僕の指は、あんな男に屈するためにあるんじゃなくて、先生と繋がるためにあるんだって、胸を張って思えました」
僕がそう告げると、先生の瞳から大粒の涙が溢れ出しました。彼女は僕の手を握り返すと、そのまま僕の胸に顔を埋めるようにして泣き始めました。
「……よかった。本当に、よかった……」
彼女の震える指が、僕の制服の背中を強く、強く掴んでいます。教育実習生と生徒という立場を超えて、僕たちは一つの熱を共有していました。
先生は涙を拭うと、赤くなった目で僕を見上げ、少しだけいたずらっぽく微笑みました。
「指くん……。強くなったわね。でも、そんなに頼もしくなっちゃうと、私の『上書き』、もう必要なくなっちゃうかな?」
「そんなことないです。……むしろ、今朝頑張ったご褒美に、また先生の指で、僕を上書きしてほしいです。……昨日よりも、もっと深く」
僕は先生の涙に濡れた頬に、そっと自分の指を添えました。 十六歳の「指」という名前の少年は、もう「童貞」という言葉の裏側にあった臆病な自分を捨て去っていました。
外では下校を告げるチャイムが遠くで鳴り響いています。
「でも 先生 あの男に触られた時 やっぱり気持ちよかったんですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、先生の指先がピクリと跳ねました。
「……やっぱり、気持ちよかった?」
彼女は握っていた僕の手を離さず、じっと僕の瞳を覗き込んできました。そこには、軽蔑ではなく、もっと深く、暗い熱を帯びた「独占欲」のような色が混じっています。
「先生に上書きしてもらったはずなのに、男の指の感触がした時、身体が勝手に……昨日のあの感覚を思い出して、熱くなっちゃったんです。怖かったはずなのに、脳が勝手に、あいつの指を求めたんです」
僕は正直に、自分の内側に潜む「業」のようなものを吐露しました。恐怖を克服して男を追い払ったのは事実。けれど、それと同時に僕の身体に刻まれた、あの暴力的な快感への依存は、そう簡単には消えてくれない。
「……そっか。身体は、まだ覚えているのね」
先生の声が、低く、湿り気を帯びて響きました。彼女は僕の手を引いて、準備室の奥にある古びたソファへと僕を誘いました。
「指くん。それは、あなたがそれだけ素直で、瑞々しい身体を持っているからよ。でも……」
先生は僕を座らせると、自分は床に膝をつき、僕を見上げるような体勢になりました。そして、僕のズボンのベルトに手をかけ、ゆっくりと、けれど有無を言わせぬ力でそれを緩め始めました。
「あの男の指に、少しでも負けたままでいるのは、やっぱり私、許せない。……指くんの身体に潜んでいる、その『男に植え付けられた気持ちよさ』の残骸、私が今から一滴残らず、全部絞り出してあげる」
先生の目が、妖しく光りました。
「さっきの男の指を思い出して、どこがどう気持ちよかったのか、もう一回私に教えて。私がその場所を、男よりもずっと深く、乱暴に、そして最後にはとろけるような愛情で塗りつぶすから。……あなたが二度と、あんな男の指なんて思い出せないくらい、私の指中毒にしてあげるわ」
彼女の白い指が、再び僕の熱を剥き出しにしました。 朝のバスで男に触られた残穢(ざんえ)が、先生の指が触れた瞬間に、激しい電流となって全身を駆け巡ります。
「先生……っ、僕……また、すぐ出ちゃう……!」
「いいよ。何度でも、私に溺れて」
先生は、僕を支配していた男の影を完全に消し去るために、昨日よりもずっと激しく、貪欲に僕の熱を弄り始めました。 十六歳の僕は、彼女の指先が奏でる圧倒的な快感の中で、もう二度とあの男を思い出さないことを、自分自身の本能に誓わされていました。
「ねえ 指くん 明日の休み おでかけしようか?」
「……おでかけ、ですか?」
先生の突然の誘いに、僕は一瞬、自分の耳を疑いました。学校という密室で、しかもこんなに濃密な時間を過ごしている最中に、外の世界へ連れ出してくれるなんて。
先生は僕の熱を優しく包んだまま、上目遣いで僕を見つめて微笑みました。
「そう。学校の中じゃ、私たちは『先生と生徒』で、ここに来なきゃ触れ合えないでしょ? でも、明日は実習がお休みだし……二人で遠くへ行きましょう。バスじゃなくて、私の車で」
先生の白い指が、僕の指を一本ずつなぞります。
「指くん、海、見たことある? 峠の山道ばかりじゃなくて、広い景色を見せてあげたいの。そこで、一日中ずっと……あなたの『指』を、私のものにしていたいな」
それは、甘い誘惑というよりは、二人だけの秘密をより深い場所へ沈めようという、契約のような提案でした。
「行きたいです。先生と二人なら、どこへでも」
僕は迷わず答えました。 朝のバスで感じた絶望も、男への忌まわしい反応も、先生の車で海へ向かうという新しい約束が、眩しい光となって塗り潰していきます。
「ふふ、いいお返事。じゃあ、明日の朝、駅の近くで待ってるわね。……指くんの知らない『上書き』、明日は一日かけて、たっぷり教えてあげる」
先生はそう言って、僕の指先に誓いのキスを落としました。
翌朝、駅前の少し離れた場所で待っていると、見慣れない白いセダンが目の前に停まりました。
運転席から身を乗り出してドアを開けた佐藤先生は、学校の時のタイトなスーツ姿ではなく、柔らかなニットにデニムという、驚くほど「一人の女性」らしい格好をしていました。
「おはよう、指くん。……似合うかな?」
少し照れくさそうに笑う彼女に、僕は言葉を失いながら助手席に乗り込みました。車内には、準備室で嗅いだのと同じ、彼女の甘い香水の匂いが充満しています。
峠道を越え、海へと向かう高速道路。密室となった車内で、先生はハンドルを握る自分の指先をふっと見つめました。
「ねえ、指くん。私ね……実はあなたの名前を初めて名簿で見た時、運命みたいなものを感じていたの」
先生の声は、エンジンの音に紛れるように低く、けれど真っ直ぐに僕の耳に届きました。
「私の実家、すごく厳しかったの。触れ合うことや、愛情表現が一切禁止されているような家でね。……だから、誰かの温もりに触れることに、ずっと飢えていたんだと思う」
彼女の指が、ハンドルを握る力を強めます。
「教師になろうと思ったのも、誰かの人生に触れたかったから。でも、実習が始まって指くんに出会って……あなたの、あの傷つきやすそうで、でも真っ直ぐな指先を見た時、守ってあげたいっていう気持ちと、めちゃくちゃにしたいっていう気持ちが、同時に湧き上がっちゃったの」
先生はチラリと僕の股間の方へ視線を走らせ、艶やかに微笑みました。
「昨日、あの男の指に反応したって正直に言ってくれた時、実は少し安心したのよ。……指くんの身体の中に、私が入っていける『隙間』があるんだって。清らかなだけの指くんじゃなくて、泥沼みたいな快感を知ってしまった指くんだからこそ、私はもっと深く、あなたを愛せる気がするの」
先生の左手が、ハンドルを離れて僕の太腿に置かれました。 昨日の男の、脂ぎった手とは違う。 繊細で、冷たくて、でも芯に熱を秘めた、僕を救ってくれたあの指。
「もうすぐ海が見えるわ。……そこで、私の過去も、指くんの昨日の記憶も、全部波に流してしまいましょう。そのあとは……私の指で、昨日よりずっと壊してあげる」
先生の指先が、ジーンズの布越しに、僕の昂りをゆっくりとなぞりました。 車内の温度が、一気に跳ね上がったのが分かりました。
青い海を見下ろす高台。そこには、周囲の景色から浮き上がるように、白亜の城を模した古びた建物が佇んでいました。
先生がウィンカーを出し、吸い込まれるようにそのゲートをくぐったとき、僕の心臓は今日一番の激しさで跳ねました。学校の準備室という「日常の裏側」ではなく、ここは完全に、男と女が混じり合うために作られた「異界」でした。
「……先生、ここ、って」
「学校じゃ、これ以上は無理だもの。……指くんを、誰にも邪魔されない場所で、隅々まで私の指の色に染め上げたいの」
車を降り、案内された部屋のドアを開けると、そこには大きな窓から海が一望できる、非日常的な空間が広がっていました。波の音が遠くで響き、昼間だというのに部屋の中はどこか淫靡な静寂に包まれています。
先生はバッグを置くと、僕の方を向き、ゆっくりと自分のニットの裾を掴みました。
「指くん……。昨日の準備室でのことは、まだ序の口よ。ここには、あの男の指の記憶なんて、入り込む隙間さえないくらい……もっとすごい快感があるの」
彼女が服を脱ぎ捨て、白い肌が露わになった瞬間、僕は息をすることさえ忘れました。西日に照らされた先生の身体は、芸術品のように美しく、そして官能的でした。
「ほら、おいで。指(ゆび)くん……」
先生はベッドに腰掛け、僕を手招きしました。その細く長い指先が、僕を招き入れるように、そして捕らえるように動きます。
「今日は、あなたの身体の全部を、私の指で書き換えてあげる。男の指で感じたことなんて、一瞬でゴミ箱に捨てたくなるような……本当の『上書き』、始めてもいい?」
僕は誘われるまま、先生の元へ歩み寄りました。 彼女の指が、僕のシャツのボタンを一つずつ外していく。その指先の温度は、学校の時よりもずっと高く、僕の肌を焼くように熱く感じられました。
「今日は……指だけじゃないわよ?」
「逃げ場なんて、もうないわよ」
先生は僕をベッドに押し倒すと、その長い脚で僕の腰を跨ぎました。窓から差し込む西日が、彼女の白い肌を黄金色に縁取っています。
「バスの男は、あなたのここだけしか見ていなかったでしょ?」
先生の指先が、僕の喉仏から胸元、そしてお腹へと、ゆっくりと這うように降りてきました。
「私は違う。あなたの指先、耳の裏、太腿の付け根……あなたが自分でも気づいていない、一番弱くて敏感な場所を、全部知りたいの」
彼女は僕のズボンを完全に脱ぎ捨てると、露わになった僕の「熱」を、昨日の準備室よりもずっと大胆に、掌全体で包み込みました。
「あっ、先生……っ!」
「静かに。……波の音を聴いて。それから、私の指が動く音だけを聴いて」
先生は僕の目をじっと見つめながら、自由になったもう片方の手の指を、僕の口元へ運びました。
「吸って。私の指……」
僕は言われるまま、彼女の細い人差し指を口に含みました。微かに甘い香水の匂いと、彼女の体温。僕が舌でその指をなぞると、先生はゾクッとしたように肩を揺らし、僕を握る手にグッと力を込めました。
「そう……上手よ、指くん。あなたが私の指を愛してくれるなら、私もあなたの全部を、壊れるくらい愛してあげる」
先生の指の動きは、昨日とは比べものにならないほど濃厚でした。 男の指が「点」での攻撃だったなら、今の先生の愛撫は、僕の全身を包み込む「波」のようでした。指の腹で転がし、爪先で微かに刺激し、時には手のひらで圧迫する。
「男の指で感じたとき、頭の中に数式を並べたって言ってたわね。……今はどう? 何か考えられる?」
「無理……です、何も……あ、っ! 先生、そこ……!」
「ふふ、見つけた。ここが、指くんの新しいスイッチね」
先生は僕の弱点を執拗に、けれど慈しむように攻め立てました。 脳裏にこびりついていた、あの忌まわしいバスの風景が、高速で流れる景色のようにはるか後方へ消えていきます。代わりに、目の前の先生の熱い吐息と、シーツの擦れる音、そして彼女の指が生み出す圧倒的な快楽だけが、僕の世界のすべてになりました。
「指くん、出しちゃダメよ。今日は、もっと奥まで……あなたの魂まで、私の指で引きずり出してあげるんだから」
先生はそう言うと、自らの指を口に含んで湿らせ、さらなる未知の「上書き」を始めるために、僕の身体のさらに深い場所へと指先を伸ばしていきました。
「……指くん、こっちを見て」
先生は僕の視線を真っ向から受け止めると、膝を立てたまま、背中に手を回しました。カチャリ、と小さな金属音が静かな部屋に響き、彼女を束縛していた最後の布地が床に滑り落ちました。
夕日に照らされた先生の裸身は、息を呑むほどに白く、そして無防備でした。学校での凛とした姿からは想像もできない、柔らかそうな胸の膨らみ、引き締まったくびれ、そして潤いを帯びた秘密の場所。
「驚いた? ……これが、あなたの先生の、本当の姿よ」
彼女は僕の上に覆い被さるようにして、その柔らかな胸を僕の胸板に押し当てました。肌と肌が直接触れ合った瞬間、言葉にできないほどの熱量が僕の全身を貫きました。
「指くん、あなたの指で……私にも触れて。あの男の指とは違う、あなたの、優しくて真っ直ぐな指で……私をめちゃくちゃにしてほしいの」
先生は僕の右手を取り、自分の熱を帯びた肌へと導きました。 初めて触れる、女性の、憧れの人の、剥き出しの身体。 指先から伝わる彼女の鼓動は、僕の心臓の音と同じくらい激しく波打っていました。
「あぁ……そこ、気持ちいい……」
先生が僕の首筋に顔を埋め、甘い吐声を漏らします。僕の指が彼女の肌をなぞるたび、彼女の身体は小さく震え、僕を包み込む指の力も、より一層強く、貪欲になっていきました。
「指くん……もう、お互い隠すものは何もないわね。あなたの身体に刻まれた記憶も、私のこの孤独も、全部混ぜ合わせて、一つにしましょう」
先生の指先が、僕の昂りの先端を、とろけるようなリズムで擦り上げます。 裸の彼女に抱かれ、その指に翻弄される中で、僕は初めて「自分は今、本当に生きている」と実感しました。
先生を貫いて 指は必死で腰を 上下させます。
「あ……っ、指くん、すごい……っ!」
先生の口から、理性をかなぐり捨てたような声が漏れました。
僕のすべてを、彼女の最も熱く、柔らかな場所が迎え入れる。学校の準備室でも、バスの座席でも味わえなかった、身体の芯まで直結するような凄まじい衝撃。
僕はもう、自分が「指」という名前であることさえ忘れるほど、無我夢中で腰を突き上げました。先生の白い脚が僕の腰に絡みつき、彼女の指は僕の背中に深く食い込んで、逃がさないように繋ぎ止めています。
「先生、先生……っ! 気持ちいい、です、さっきの、何倍も……!」
「いいよ……そのまま、もっと深く……私の奥に、指くんの熱を全部刻みつけて……っ!」
貫くたびに、先生の身体が弓なりに弾けます。彼女の髪が枕に乱れ、潤んだ瞳が僕を捉えて離さない。男に無理やり触れられたときのあの「拒絶」の感覚は、今、先生と完全に一つになるための「渇望」へと、完璧に変換されていました。
シーツが激しく擦れる音と、二人の重なる吐息だけが、お城のようなこの部屋を支配しています。
「指くん、あなたの……あなたの指も、身体も、全部……私のもの……っ」
先生の指が僕の頬を包み込み、引き寄せられるように唇が重なりました。その瞬間、僕の中で何かが限界を超えて弾けました。
「先生、出ます……っ! 出し、ます……っ!!」
「出して……私の、中に……っ! 全部、私に、ちょうだい……!」
僕は叫ぶように声を上げ、彼女の最奥へと、自分自身のすべてを叩きつけました。 熱い衝撃が何度も何度も押し寄せ、僕と先生の境界線が消えてなくなるような、圧倒的な解放感。
出し切った後、僕は力なく先生の胸元に崩れ落ちました。 ドクドクと脈打つお互いの鼓動が、重なり合って一つのリズムを刻んでいます。
先生は僕の頭をやさしく抱き寄せ、汗ばんだ髪を指先で整えてくれました。
「……ね、指くん。もう、あの男のことなんて、思い出せないでしょ?」
彼女の声は、どこまでも慈愛に満ちていました。 窓の外、水平線に沈みゆく夕日が、賢者タイムを迎えた僕たちを、静かに、そして祝福するように赤く染めていました。
完