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夕暮れ時、駅前の賑やかな通りを逃げるように歩いていた指の袖を、誰かが背後から迷いなく掴んだ。

振り返ると、そこには夕日に透ける明るい茶髪を振り乱した、年上の女性が立っていた。彼女の指先にはカラー剤の跡のような汚れが少しだけ残っていて、首からは使い込まれたシザーケースが重そうにぶら下がっている。彼女は少し息を切らしながら、潤んだ瞳で指の顔をじっと覗き込んだ。

「ねえ、君。……ちょっと、髪、切らせてくれないかな?」

指は心臓が跳ね上がるのを感じた。十六年生きてきて、これほど至近距離で異性に、それも洗練された都会の香りを纏った女性に見つめられたことなど一度もない。彼女の必死な表情と、自分の二の腕を掴む手の柔らかさに、指は頭が真っ白になる。

「カットモデル、探してるの。私、もうすぐ試験なんだけど、どうしても君みたいな髪質の人にお願いしたくて」

彼女の言葉は、童貞特有の過剰な自意識を容易に貫いた。指は自分のボサボサに伸びた前髪を恥じ、同時に、この綺麗な人が自分を「選んだ」という事実に、抗いがたい高揚感を覚えていた。夕闇が迫る街角で、指は断る言葉を見つけられないまま、ただ小さく頷くことしかできなかった。

案内されたのは、ガラス張りの外観が街灯に照らされた、驚くほどこぎれいな美容室だった。定休日なのか店内の照明は落とされており、彼女が入り口の鍵を開けて足を踏み入れると、センサーライトがぼんやりとセット面を浮かび上がらせた。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った空間には、シャンプーや整髪料が混ざり合った、清潔でどこか官能的な香りが濃密に立ち込めている。

「ごめんね、休みの日なのに。適当にそこに座って」

彼女に促されるまま、指は重厚な革張りの椅子に腰を下ろした。鏡の中に映る自分は、場違いなほど幼く、緊張で顔が強張っている。彼女は自分の名前を「ミナ」だと名乗り、現在二十一歳で、この店でアシスタントとして働いていることを教えてくれた。指がたどたどしく、十六歳の高校生であることや、自分の名前にまつわる少しばかりのコンプレックスを口にすると、ミナは「指くんか。綺麗な名前だね、職人さんみたいで素敵だよ」と言って、屈託なく笑った。

ミナは鏡越しに指の髪に指を通し、毛量や癖を確認し始めた。時折、彼女の指先が耳の裏やうなじに触れるたび、指はびくりと肩を揺らしてしまいそうになる。それを誤魔化すように、彼は学校のことや、最近買ったばかりの趣味の本のことなど、まとまりのない世間話を続けた。ミナは「へえ、そうなんだ」と相槌を打ちながら、真剣な眼差しで鏡の中の指を見つめている。その視線は、単なる練習台を見るそれよりもずっと熱を帯びているように感じられて、指は自分の頬が熱くなっていくのを必死に抑えていた。

「よし、じゃあまずはシャンプーからいこうか。こっちに来て」

ミナに手招きされ、指はさらに奥にある、薄暗いシャワーブースへと足を進めた。

指にとって、これまで「髪を切る場所」といえば、近所の角にある年配の店主が営む古びた散髪屋だけだった。そこでは硬い椅子に座らされ、無造作にタオルを巻かれ、バリカンとハサミで機械的に整えられるのが常だった。しかし、ミナに導かれたシャンプー台は、まるで宇宙船のコックピットか何かのように重厚で、仰向けに体を預けると、全身の力が吸い取られていくような不思議な感覚に陥った。

視界を遮るように顔に載せられたガーゼの奥で、指の鼓膜を支配したのは、勢いよく溢れ出すお湯の音だった。ミナの指先が額の生え際に触れ、温かい湯が髪の芯まで浸透していく。そのあまりの心地よさに、指は足の先まで痺れるような感覚を覚えた。散髪屋での、前かがみになって顔を洗面器に突っ込む荒々しい洗髪とは、天と地ほどの差がある。

ミナの細い指が、泡立てられたシャンプーと共に頭皮を丁寧に躍った。耳の後ろをなぞり、首筋の付け根を深く刺激されるたび、指は背筋に電流が走るような錯覚を覚えた。十六歳の、女性に免疫のない体には、その一つ一つの所作が刺激に満ちすぎている。彼女の吐息がすぐそばで聞こえ、時折、彼女の腕が自分の肩に軽く触れる。

「指くん、力抜いていいんだよ。くすぐったい?」

耳元で囁かれたミナの声に、指は喉が急激に乾くのを感じた。童貞である彼にとって、これは単なる散髪の準備ではない。自分の体の一部を、これほどまでに優しく、そして執拗に弄ばれる体験は、人生で初めての、禁断の領域に足を踏み入れたような背徳感に満ちていた。指はただ、ガーゼの下で目を固く閉じ、自分の心臓の音がミナの手のひらに伝わっていないことだけを必死に祈っていた。

シャンプーを終え、再びセット面の椅子に戻った時、指は猛烈な焦燥感に襲われていた。厚手のカットクロスを首に巻かれ、体全体が覆い隠されたのは、彼にとって最大の救いだった。クロスの下で、十六歳の正直すぎる身体は、経験したことのない密室の刺激に耐えかねて、ズボンの前をはち切れんばかりに押し上げている。

鏡に映る自分の顔は耳の先まで赤く、心臓の鼓動がクロスの生地を小刻みに揺らしているのではないかと気が気でない。指は必死に別のことを考えようと、天井の染みを数えたり、学校の難しい数式を思い出そうとしたりしたが、すぐ間近に立つミナから漂う、石鹸と体温が混ざり合ったような香りがそれを許さなかった。

ミナはコームで濡れた髪を丁寧に梳かしつけながら、指の肩に指先を置いた。その瞬間、指は思わず短く息を呑み、股間の熱がいっそう増すのを感じた。ミナの視線は鏡の中の髪のラインに集中しているように見えたが、彼女が少し前屈みになるたび、その柔らかな存在が指の肘や肩に、確信犯的なまでの近さで触れそうになる。

「指くん、体、すごく硬くなってるよ。そんなに緊張しなくて大丈夫なのに」

ミナはそう言いながら、いたずらっぽく微笑んだ。彼女の視線が一瞬だけ、クロスの下に隠された彼の膝のあたりに落ちたような気がした。彼女はすべてを察しているのかもしれない。それでも彼女は、何事もなかったかのように霧吹きを手に取り、指の髪に細かな雫を吹き付けていく。

シュッ、シュッという規則正しい音とともに、冷たい水が首筋に滴り、熱を持った指の身体を余計に昂ぶらせた。ミナは指の耳元に唇を寄せるようにして、濡れた髪を指で挟み込んだ。その指先が耳の裏をかすめるたび、指は逃げ場のない快楽と羞恥の中で、ただひたすらに鏡の中の自分を睨みつけることしかできなかった。

ひと通りのカットが終わり、ミナは手慣れた手つきでドライヤーを当て、ワックスを少量指先になじませて指の髪を整えた。鏡の中に現れたのは、これまでの自分とは別人のような、どこか大人びた表情の少年だった。しかし、本当の「仕上げ」はここからだった。

ミナはワゴンから一冊の大きなスケッチブックとスマートフォンを取り出した。

「もう少しだけ、そのままの姿勢でいてくれる? 記録に残しておきたくて」

そう言うと、ミナはスマートフォンのレンズを指に向けた。シャッター音が静かな店内に響くたび、指はモデルのような扱いに戸惑い、視線をどこへやっていいのか分からず俯きそうになる。それを「顔、上げて。もっと私の方を見て」と優しく窘められ、指は爆発しそうな鼓動を抱えたまま、レンズの向こう側にあるミナの瞳を見つめ返した。

撮影が終わると、ミナは椅子のすぐ横に膝をついて座り込み、スケッチブックを膝の上で広げた。鉛筆を走らせるカリカリという乾いた音が、静寂の中に刻まれる。彼女は時折、確認するように指の顔をじっと見つめ、また手元の紙に視線を戻す。その真剣な眼差しは、先ほどまでの優しいお姉さんのものではなく、一人の表現者のものだった。

「ごめんね、時間かかっちゃって。指くんの骨格、すごく描きがいがあるから、つい夢中になっちゃって」

申し訳なさそうに、でもどこか楽しそうに笑うミナの顔が、指のすぐ膝のそばにある。スケッチブックに描き込まれていく自分の横顔や髪の流れを見ているうちに、指の股間の熱は、もはや羞恥心を超えて、切ないほどの重みに変わっていた。ミナがページをめくるたびに、彼女の細い肩が指の膝をかすめる。

「できた。……ねえ、見て。これが今の指くんだよ」

彼女が差し出したスケッチブックには、繊細なタッチで描かれた「自分」がいた。そこには、散髪屋の鏡では決して見つけることのできなかった、十六歳のひたむきな色香が宿っているように見えた。指は、自分の知らない自分を彼女に暴かれたような気がして、言葉を失ったままその絵を見つめ続けた。

完成したばかりのスケッチブックを閉じようとしたその時、ミナの動きがふと止まった。彼女はわずかに目を細め、鏡の中に映る指の右耳の後ろを凝視した。

「あ、ごめん。あと一箇所だけ、どうしても毛先のハネが気になっちゃって」

彼女は再び銀色のハサミを手に取った。椅子に座る指の背後に回り、左手で指の耳を軽く手前に折り曲げるようにして固定する。至近距離から注がれるミナの吐息が耳元をくすぐり、指は無意識に肩をすくめた。股間の熱は最高潮に達し、全身が硬直したような緊張感に包まれる。

その瞬間だった。

「シャキッ」という、それまでとは違う乾いた金属音が鼓膜のすぐそばで響いた。

「……あっ」

ミナの小さな悲鳴と同時に、指の耳たぶの裏側に、熱い火箸を押し当てられたような鋭い痛みが走った。一瞬の空白の後、視界の端で真っ赤な雫が点、点と、真っ白なカットクロスの上に花を咲かせるように落ちていくのが見えた。

「嘘……ごめん、指くん! 私、なんてことを……!」

ミナの声が裏返り、彼女の手からハサミが床に滑り落ちた。ガシャンという大きな音が無人の店内に空虚に響き渡る。ミナの顔からは一気に血の気が引き、彼女は震える手でポケットから取り出したコットンを、指の耳元へ押し当てた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい……。動かないで、すぐ止血するから」

動揺のあまり、ミナの体が指の肩に強く押し付けられる。彼女の必死な表情と、耳元で繰り返される謝罪の言葉。痛みよりも先に、指の脳内を支配したのは、傷口から伝わる彼女の指先の震えと、自分を抱きしめるような格好になっている彼女の体温だった。十六歳の指にとって、その痛みは恐怖ではなく、ミナとの間に刻まれた「消えない印」のようにさえ感じられていた。

傷自体は、わずかに刃先が触れただけの浅いものだった。しかし、十六歳の少年の瑞々しくも激しい血潮は、ミナの予想を遥かに超えて溢れ出した。指の体内で暴れる、抑えきれない興奮と高揚が、その小さな傷口にすべての熱を集中させたかのようだった。

「どうしよう、止まらない……。指くん、痛いよね、ごめんね」

ミナの震える指先が、次々と赤い染みに変わるコットンを入れ替える。指の首筋を伝う温かい液体の感覚は、痛みというよりも、むしろ自分の内側の昂ぶりが外へ漏れ出しているような、奇妙な官能を伴っていた。クロスの下でパンパンに張り詰めた股間の熱と、耳たぶを刺す鋭い痛み。二つの異なる刺激が指の脳内で混ざり合い、意識を朦朧とさせる。

「大丈夫……、大丈夫ですから。そんなに、謝らないでください」

指の声は、自分でも驚くほどかすれていた。至近距離にあるミナの顔は、あまりの申し訳なさと焦燥で、今にも泣き出しそうに歪んでいる。彼女が傷口を塞ごうと必死に身を乗り出すたびに、その胸元が指の肩を強く圧迫し、彼女の柔らかな重みがダイレクトに伝わってきた。

ミナはもはや周囲の目など気にする余裕もなく、指の頭を自分の胸元へ引き寄せるようにして固定し、懸命に止血を続けた。石鹸の香りと、血の鉄錆のような匂いが混ざり合い、密室の空気はいっそう濃密になっていく。

指は、彼女の腰に手を回してしまいたい衝動を必死に抑えながら、目を閉じた。耳元で聞こえる彼女の荒い鼓動と、止まらない出血。十六歳の童貞にとって、その鮮烈な赤色は、これまで知っていたどんな退屈な日常よりも、自分が今この瞬間、間違いなく「男」として生きていることを証明しているように思えた。

指の視界は、突如として視界を覆った柔らかい質感と、ミナの体温に包まれて白く塗りつぶされた。

「しっかりして、指くん!」

悲鳴に近いミナの声が遠のいていく。耳の傷口から伝わるドクドクとした鼓動と、顔に押し付けられた彼女の胸の膨らみが、少年の未熟な神経を限界まで焼き切った。十六歳の彼にとって、それは単なる「女性の体」という概念を超えた、圧倒的な生命の濁流だった。

クロスの下で限界まで張り詰めていた感覚が、一瞬、ふっと消えた。重力から解放され、甘い香りのする深海へと沈んでいくような、心地よい空白。指は実際に、数秒間だけ意識を失っていた。

「……くん、指くん!」

頬を優しく叩く感触で目を覚ますと、すぐ目の前には涙を浮かべたミナの瞳があった。彼女は指の頭を抱きかかえるようにして、床に膝をついている。指の顔は、先ほどまで彼女の胸元にあったことを証明するように、熱く火照っていた。

「ごめんね、貧血になっちゃった? 私のせいで……本当に……」

ミナの震える声を聞きながら、指はぼんやりと鏡を見た。そこには、首筋を赤く染め、髪を乱し、放心したような表情の自分が映っている。それは、先ほど彼女がスケッチブックに描いた少年よりも、ずっと生々しく、壊れそうなほどに男の顔をしていた。

血は、ようやくその勢いを失い、滲む程度に収まっていた。しかし、指の体内で暴れ回った熱狂は、意識が戻った後もなお、静かに、そして確実に彼の心の奥底へ沈殿していった。指はまだ力が入らない腕を少しだけ動かし、自分を抱きしめる彼女の腕に、そっと触れた。その指先には、散髪屋では決して得られない、一生消えることのないであろう熱い記憶が刻まれていた。

止血を確認し、ミナがそっと指を離したとき、二人の間には言いようのない沈黙が流れた。耳の後ろの傷口には、彼女が震える手で貼った一枚の絆創膏が、その騒動の終着点として白く浮き上がっている。

しかし、惨状はそれだけでは済まなかった。

「あ……」

ミナが絶句して指の胸元を指差した。彼女が必死に抱きしめて止血を試みた際、カットクロスの隙間から溢れた血が、指の真っ白なカッターシャツと学ランの襟元にまで深く滲んでいたのだ。十六歳の少年の、純潔さを象徴するような制服に刻まれた鮮烈な赤。それは、放課後の密室で行われた「事件」の動かぬ証拠のように見えた。

「どうしよう、制服まで……。これ、お家の人に叱られちゃうよね。私のせいで……」

ミナは今にも泣き出しそうな顔で、自分の袖を使って指のシャツを拭こうとした。けれど、乾き始めた血の色は無情にも生地の奥へと染み込んでいく。指はその光景をどこか他人事のように眺めていた。耳の痛みはもう引いていたが、彼女の胸の感触が残る頬と、ズボンの下で未だ鎮まりきらない熱だけが、現実感を伴って自分を支配している。

「大丈夫です、これくらい。……自分でなんとかしますから」

指は、掠れた声でようやくそれだけを絞り出した。汚れた制服は、彼にとって「失敗の証」ではなく、憧れのお姉さんと共有した秘密の勲章のように思えた。

ミナは申し訳なさそうに、でもどこか指のその言葉に救われたような表情を浮かべ、自分のバッグから小さな裁縫セットを取り出した。

「せめて、目立たないようにだけさせて。あと……これ、私の連絡先。クリーニング代とか、それ以外のことでも、何でも言って」

彼女が震える手で差し出したメモ用紙を受け取るとき、指の指先が再び彼女の掌に触れた。今度はもう、意識が遠のくことはなかった。ただ、その触れ合った場所から、新しい熱がじわりと全身に広がっていくのを感じていた。

ミナは慌ててスマートフォンを操作すると、震える指先で画面をスクロールした。「あ、書いてある……! 血は乾く前に水で洗えば、絶対落ちるって。ねえ、指くん、まだ間に合うよ」

彼女は真剣な表情で顔を上げると、指の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「指くん、ごめん。……その服、脱いで。私が今すぐ洗うから」

その言葉は、十六歳の少年の鼓膜を甘く、暴力的に叩いた。店内の静寂が急に重く感じられ、指の心臓は再び制御不能な速さで脈打ち始める。誰もいない閉店後の美容室。年上の女性からの「脱いで」という要求。

指はおぼつかない手つきで、汚れた学ランのボタンを一つずつ外していった。布地が擦れる音さえ、今の彼には官能的な響きを持って聞こえる。学ランを脱ぎ捨て、次にシャツのボタンに手をかけた。指先が震えてうまく力が入らない。見かねたミナが「手伝うね」と、至近距離まで顔を近づけ、彼の胸元に手を伸ばした。

彼女の指がボタンを外していくたびに、指の肌に冷たい夜の空気と、ミナの温かな吐息が交互に触れる。シャツの隙間から覗く自分の未熟な裸体が晒されていく気恥ずかしさと、クロスの重みから解放された股間の切実な膨らみ。指は彼女にそれを見られないよう、必死に腹筋に力を入れ、視線を天井へと逸らした。

ようやくシャツを脱がせると、ミナはそれを受け取り、足早にバックヤードの水道へと向かった。上半身を裸にされたまま、豪華なセット椅子に取り残された指は、鏡に映る自分の情けない姿を見つめていた。奥から聞こえてくる、ジャブジャブという水の音と、布をこすり合わせる音。

「……よかった、落ちそうだよ!」

奥から聞こえるミナの明るい声に、指は安堵と、それ以上にやり場のない高揚感を感じていた。裸の自分を彼女に委ねているというこの状況は、もはやカットモデルという枠を遥かに踏み越え、指にとって一生忘れられない、濃密で特別な通過儀礼になろうとしていた。

バックヤードにある小型の乾燥機が、規則正しい音を立てて回り始めた。ミナは「ふう」と小さく息をついて、額に張り付いた髪をかき上げると、ようやく落ち着きを取り戻した様子で表に戻ってきた。

「ごめんね、あんなに慌てさせちゃって。十五分もあれば乾くと思うから……」

言いかけながら、彼女の視線が、鏡の前に座る裸の指へと注がれた。

さっきまでは止血と汚れを落とすことに必死で、彼女に余裕はなかった。けれど今、誰もいない静かな店内の照明の下で、彼女は改めて、自分の目の前にいる「男の子」の姿を正視することになった。

十六歳の指の体は、子供のような瑞々しさと、大人へと向かう骨格の無骨さが同居していた。鎖骨のラインは鋭く、シャンプーの香りが残る肌は、緊張でわずかに粟立っている。ミナの視線が、彼の細い肩から胸板、そしてクロスの隙間から覗く引き締まった腹筋へとゆっくりと降りていく。

指は、彼女の視線が自分の肌をなぞるたび、全身が熱い火に炙られているような錯覚に陥った。隠しきれない股間の高揚を悟られまいと、膝の上で拳を強く握りしめる。

「……指くん、意外と身体つき、しっかりしてるんだね」

ミナの声が、先ほどまでの「お姉さん」のトーンよりも少しだけ低く、熱を帯びたように聞こえた。彼女は吸い寄せられるように指のそばに歩み寄ると、彼の肩にそっと手を置いた。鏡越しに視線が絡み合う。

「ピアノとか、何かやってるの? 指も、身体も……すごく、綺麗」

彼女の指先が、彼の鎖骨のくぼみをなぞるように滑った。その瞬間、指は呼吸の仕方を忘れた。耳の後ろの傷がまた、ドクドクと甘い痛みを持って拍動し始める。乾燥機の回る音が遠くなり、指にとっての世界は、目の前のミナの潤んだ瞳と、自分の肌を焦がす彼女の指先の感触だけになってしまった。

「ずっと、バスケやってます」

掠れた声で指が答えると、ミナは「あぁ、やっぱり」と納得したように声を漏らした。彼女の指先は、バスケットボールを追いかけて鍛えられた指の肩から、上腕のしなやかな筋肉へと滑り落ちていく。無駄な脂肪のない、けれどもしっかりとした厚みを感じさせるその体躯は、コートの上で激しく汗を流してきた月日を物語っていた。

「そっか、バスケ部か。だからこんなに……全身がバネみたいなんだ」

ミナは感嘆のため息をつきながら、今度は自分の手のひらを、指の広い背中にそっと添えた。冷えた店内の空気の中で、少年の肌から立ち上る熱気が、彼女の手のひらを通じて伝わってくる。バスケの練習で培われた高い体温と、童貞ゆえの張り詰めた緊張。その両方が混ざり合い、指の体からは野生の動物のような、青く力強い生命力が放たれていた。

指は、背中に触れるミナの掌の柔らかさに、全身の血が一点に集まっていくような感覚に襲われた。激しい試合の終盤でも感じたことのない、脳が痺れるような疲労感と高揚。

「……ミナさん、あの」

「しっ、動かないで。まだ、少し震えてるよ」

ミナはそう囁くと、あやすように指の背中をゆっくりとなぞり上げた。彼女の指先が肩甲骨のあたりを愛しむように動くたび、指は自分がコートでボールを奪い合う時とは全く違う、無防備な存在に作り替えられていくのを感じた。

乾燥機の熱風に煽られるシャツの匂いが、バックヤードから微かに漂ってくる。その温かな香りが、静まり返った鏡の中の二人を包み込み、現実と夢の境界線を曖昧にしていった。指はもう、隠すことも忘れて、自分を観察するミナの熱い視線の中に、ただ深く沈み込んでいった。

ミナの掌が、吸い寄せられるように指の腹部へと滑り降りた。バスケの激しい練習で磨き上げられた腹筋は、彼女の柔らかな指先を跳ね返すほどに、鋼のような硬さで波打っている。ミナは感嘆の溜息を漏らしながら、その溝の一つひとつをなぞるように、愛おしげに掌を滑らせた。

「固いね……すごいなあ。本当に、全身が筋肉なんだ」

その呟きは吐息となって指の肌を直接揺らした。指は下腹部に力を込め、襲いかかる快感と、破裂しそうなほどに膨らんだ自身の熱を必死に抑え込んだ。ミナの指先がヘソの周りを円を描くように動くたび、指の背筋には未知の震えが走り、頭の芯が真っ白に染まっていく。

「ミナ、さん……っ」

指が苦しげに名前を呼ぶと、彼女はさらに距離を詰め、その細い指を腹筋の深い溝に食い込ませるようにして、ゆっくりと圧をかけた。彼女の体温が、指の剥き出しの肌を通じて直接心臓を叩いているようだった。

ミナの瞳は、もう単なるカットモデルを見るためのものではなかった。目の前の少年の、若く、力強い肉体の躍動に、彼女自身もまた、抗いがたい力で引き寄せられているようだった。鏡の中の二人は、どちらも呼吸が乱れ、言葉を失っていた。

バックヤードから、乾燥機の終了を告げる「ピー、ピー」という無機質な電子音が響き渡った。その音は、濃密に溶け合っていた二人の時間を、冷酷に、けれど優しく切り裂く合図だった。指は、現実に引き戻される切なさを噛み締めながら、自分のお腹の上で止まっている彼女の小さな手のひらを、ただじっと見つめていた。

乾燥機の電子音が止まったあとも、ミナはすぐには動かなかった。それどころか、彼女は吸い付くように指の腹をなぞっていた手を離すと、衝動に突き動かされるようにして再びスケッチブックを手に取った。

「指くん……今のまま、そのままの格好でいて」

彼女の声は上擦り、熱っぽい湿り気を帯びていた。ミナはセット椅子の正面、指の股座のすぐ近くに膝をついて座り込むと、狂ったように鉛筆を走らせ始めた。

「さっきは髪を描いたけど……今は、君の体が描きたい。こんなに綺麗な筋肉、見たことないよ」

スケッチブックの紙が激しく擦れる音が、静かな店内に響く。ミナの視線は、指の胸板から、荒い呼吸に合わせて波打つ腹筋、そしてクロスの下で隠しきれないほどに反り立った一点へと、貪るように注がれている。

指は、剥き出しの身体を観察され、記録されるという行為に、これまでにない倒錯的な快感を覚えていた。バスケで鍛えたはずの体は、彼女の視線に射抜かれるたび、まるで見えない糸で操られているかのように熱く、敏感に反応してしまう。

「ねえ、指くん。ここ……すごく熱くなってる。バスケの練習の時も、こんなに固くなるの?」

ミナは描きかけのスケッチブックを片手に、空いた方の手を再び伸ばした。今度は指の腹ではなく、クロスの膨らみが一番激しい場所へと、その掌をゆっくりと沈めていく。

「あ……っ!」

指は思わず背中を反らせた。薄いクロスの生地越しに、ミナの手のひらの柔らかさと熱が、ダイレクトに伝わってくる。彼女は驚いたような、それでいてどこか恍惚とした表情で、その硬い質量を指先で確かめるように握り込んだ。

「嘘……こんなに、大きくなって……。指くん、私のせいで、こんなになっちゃったの?」

ミナの瞳が、欲望と好奇心で潤んでいく。彼女はスケッチブックを床に投げ出すと、指の膝の間に自分の体を割り込ませるようにして、さらに顔を近づけた。十六歳の童貞にとって、それはもはや「カットモデル」の範疇を完全に逸脱した、未知なる快楽への招待状だった。

ミナの瞳からは、先ほどまでの「美容師の卵」としての理性が完全に消え失せていた。彼女は膝をついたまま、指の太ももの間に顔を埋めるような姿勢で、縋るように彼を見上げた。

「あああ、もう……私、我慢できない。指くんの身体、もっと近くで、全部見たいの。描きたいの……お願い。下も、全部脱いで。隠さないで見せて……?」

その声は震え、懇願するように甘く響いた。指は頭の芯が痺れ、呼吸がまともにできなくなっていた。十六歳の彼にとって、年上の女性から向けられる剥き出しの欲望は、どんな重いダンクシュートよりも衝撃的で、抗いがたい力を持っていた。

指は震える手で、ズボンのベルトに手をかけた。金属のバックルが外れる音が、誰もいない美容室にやけに大きく響く。ミナは瞬きもせず、指がゆっくりとズボンを押し下げ、下着を脱ぎ捨てていく様を、食い入るように見つめている。

「……っ」

すべてを晒した瞬間、指は羞恥心と昂ぶりで、全身の筋肉がさらに硬直するのを感じた。バスケで鍛え上げた長い脚、そしてその中心で、今や制御不能なほどに猛々しく反り立った自身の「男」としての証。鏡の前の明るい照明が、隠す場所のない彼の全貌を、残酷なほど鮮やかに照らし出した。

ミナは息を呑み、絶句したまま、その圧倒的な質量と若さ溢れる肉体美を見つめ続けた。彼女の顔には、芸術家としての恍惚と、一人の女としての渇望が入り混じっていた。

「すごい……指くん。こんなに、綺麗なんだ……」

ミナは再びスケッチブックを手に取ったが、その手は激しく震え、鉛筆を走らせることさえままならない。彼女はスケッチブックを膝から滑り落とすと、吸い寄せられるように、指の剥き出しになった太ももに両手を添えた。彼女の指先が、バスケで鍛えられた硬い筋肉のラインをなぞり、熱を帯びた中心部へとじりじりと近づいていく。

「描くだけじゃ、足りない……。触らせて、指くん」

ミナは、もはやスケッチブックを広げるだけでは足りないと言わんばかりに、震える手でスマートフォンを掴み取った。レンズ越しに注がれる彼女の視線は、獲物を狙う肉食獣のような鋭さと、宝物を前にした少女のような純真さが同居している。

「指くん、そのまま……動かないで。一番綺麗なところ、全部残しておきたいから」

静まり返った店内に、乾いたシャッター音が連続して響き渡る。下から、横から、そして指のすぐ間近まで顔を寄せて。レンズが向けられるたび、指は自分の剥き出しの身体が、彼女のデバイスの中に永遠に保存されていく背徳感に震えた。

特に、バスケで鍛え上げた腹筋から脚の付け根にかけての鋭いライン、そして昂ぶりを隠せない自身の中心部にカメラが向けられたとき、指は恥ずかしさのあまり顔を背けた。しかし、ミナは空いた左手で指の顎を優しく、それでいて拒絶を許さない力強さで自分の方へ向けさせた。

「ダメ、顔を背けないで。私を見て、指くん。君の今の、その恥ずかしそうな顔も、全部最高にエロくて、綺麗だよ」

ミナはそう囁きながら、画面越しではなく、直接その濡れた瞳で指の全身をなめ回すように見た。彼女は写真を撮り終えると、スマホを脇に放り出し、代わりに熱い吐息を指の太ももの付け根に吹きかけた。

「ねえ、こんなに頑張ってる指くんを、放っておけないよ……」

彼女の潤んだ唇が、指の熱く脈打つ場所からわずか数センチのところまで近づいた。指は椅子の手すりを指が白くなるほど強く握りしめ、これから起こるであろう「初めて」の出来事に、気を失いそうなほどの期待と恐怖を抱きながら、彼女の次の動きを待った。

ミナの熱い吐息が、指の最も敏感な場所に吹きかけられた。次の瞬間、至近距離から漂う彼女の髪の甘い香りと、美容室の清潔な薬品の匂いが混ざり合い、指の嗅覚を麻痺させる。

「……あ」

熱く脈打つ核心に、ミナの柔らかく濡れた唇がそっと触れた。心臓が跳ね上がり、指は椅子の背もたれに頭をぶつけるほど強くのけぞった。彼女は躊躇することなく、十六歳の瑞々しく張り詰めた熱をその小さな口の中に含み、舌の先で繊細に、それでいて貪欲に弄び始めた。

「んっ、ミナ、さん……!っ、あ……」

口内のみだらな熱と、喉の奥に吸い込まれるような感覚。それと同時に、ミナの細い指が根元を強く握りしめ、バスケで鍛えた彼の脚の筋肉が痙攣するほどの速度で、上下に激しくしごき始めた。指の脳内は、未体験の快楽という激流に飲み込まれ、思考は完全に停止した。

ミナは上目遣いで、快感に歪む指の顔を観察しながら、さらにその動きを激しくしていく。彼女の指先が、そして舌が、指が自分でも知らなかった「スイッチ」を次々と押し、熱い塊を限界まで膨張させていく。

「指くん、すごい……熱いよ……。全部、出していいからね」

その囁きが引き金だった。

「ぁ……出る、っ!」

指は椅子の手すりを壊さんばかりに握りしめ、腰を浮かせた。背筋を突き抜けるような強烈な電流とともに、十六年間守り続けてきた真っ白な衝動が、ミナの口の中、そして彼女の指先へと、堰を切ったように激しく溢れ出した。

ドクドクと脈打つたびに、少年の純潔は彼女の体温の中に溶けていく。指は視界が白く明滅する中で、自分のすべてを吸い尽くそうとするミナの圧倒的な存在感に、ただひたすらに身を委ね、荒い呼吸を繰り返すことしかできなかった。

静まり返った店内に、二人の重い吐息だけがいつまでも響いていた。

激しい放出の余韻が去ったあと、指は力なく椅子の背もたれに沈み込んでいた。頭の中は真っ白で、全身の力が抜けて指先一つ動かすのも億劫だ。これまでの人生で味わったことのない脱力感――いわゆる「賢者タイム」が、猛烈な羞恥心とともに彼を襲っていた。

「……あ、あの……すみません……」

消え入るような声で謝る指を見て、ミナはふっと優しく微笑んだ。彼女の口元や指先には、まだ少年の名残が白く付着している。ミナは手慣れた手つきでワゴンから清潔な蒸しタオルを取り出すと、膝をついたまま、指の汚れた肌を丁寧に拭い始めた。

温かいタオルの感触が、敏感になった肌に心地よく触れる。ミナは母親のような慈愛に満ちた眼差しで、それでいて時折、獲物を愛でるような色っぽい視線を混ぜながら、指の体を手入れしていく。

「謝らなくていいんだよ。指くんが私でこんなに熱くなってくれたの、すごく嬉しかったから」

ミナはそう言いながら、タオルの上から再び彼の中心をそっと包み込んだ。汚れを拭き取るはずのその手の動きが、次第にゆっくりとした愛撫へと変わっていく。指は「もう無理だ」と思っていたはずなのに、彼女の指先が特定の場所を執拗になぞるたび、下腹部の奥から再び熱い火種が燃え上がるのを感じた。

「嘘……指くん、もうこんなに元気になっちゃったの? さっき、あんなに出したのに」

ミナが驚いたような声を出し、顔を近づけて覗き込む。十六歳の回復力と、目の前の魅力的な女性への抑えきれない渇望が、しぼみかけていた彼の証を、再び猛々しく立ち上がらせていた。

「バスケ部のスタミナって、すごすぎるかも……」

ミナはそう呟くと、まだわずかに震える指の太ももを両手で力強く割り開いた。彼女の瞳には、先ほどよりもさらに深い欲望の火が灯っている。一度「男」であることを暴かれた指に、もう逃げ場はなかった。ミナは再び、その熱り立つ場所に自身の柔らかな頬を寄せ、今度は逃がさないと言わんばかりに、指の腰をしっかりと抱き寄せた。

ミナは、再び硬く熱を帯びた指の楔を、今度は両手で大切に包み込むようにして見つめた。彼女の顔は、先ほどまでの「美容師の卵」の顔でも、好奇心に駆られた「表現者」の顔でもなく、一人の情欲に溺れた「女」の顔になっていた。

彼女は震える声で、指の耳元に唇を寄せた。

「ねえ、指くん……お姉さんに、指くんの初めてをくれる? もらっちゃっていい?」

その言葉が、少年の理性の最後の一線を粉々に砕いた。ミナは指の答えを待たず、自らのスカートのボタンを外し、下着とともに床へと滑り落とした。露わになった彼女の白い肌が、鏡越しの照明に照らされて眩しく輝く。

「指くん……私、君みたいな真っ直ぐな子に、ぐちゃぐちゃにされたい……」

ミナはセット椅子のレバーを引き、指の座面をぐっと下げた。彼女はそのまま指の膝を跨ぐようにして、彼の腰の上にゆっくりと腰を下ろした。バスケで鍛えた指の太ももに、彼女の湿った柔らかな質感が直接触れ、指はあまりの衝撃に言葉を失い、ただ彼女の細い腰に必死でしがみついた。

鏡の中には、裸で絡み合う十六歳の少年と、年上の美容師の姿があった。ミナは指の首筋に顔を埋め、彼の高い体温と若々しい匂いを深く吸い込みながら、自身の一部を指の熱い先端へとじりじりと導いていった。

「あ……っ、指くん、熱い……。入ってきて……全部……」

ミナの身体がゆっくりと沈み込んでいく。指は、自分の内側から溢れ出す爆発的な熱量が、彼女という深い海の底へ吸い込まれていく未知の感覚に、ただ翻弄されるしかなかった。十六歳の童貞にとって、それは世界が塗り替えられるほど鮮烈な、本当の意味での「大人」への入り口だった。

指の身体に、これまで経験したことのない衝撃が走った。バスケットボールの試合で誰かと激しく接触した時の衝撃とは全く違う、内側から溶かされるような、熱く濡れた未知の圧力。

ミナがゆっくりと腰を沈めるたびに、指の「初めて」は彼女の奥深くへと飲み込まれていった。十六歳の少年にとって、それは快楽という言葉では片付けられない、存在そのものが奪われるような圧倒的な体験だった。

「んっ……あぁ……っ、指くん、すごい……」

ミナは指の肩に爪を立て、その細い首筋を仰け反らせた。鏡の中では、彼女の豊かな胸が指の胸板に押し付けられ、二人の境界線が消えていく。指は無意識に彼女の腰を掴み、逃がさないように、あるいは自分を支えるように強く引き寄せた。

「ミナさん、これ……っ、あ、ああ……!」

彼女が腰を使い始めると、指は頭の芯が真っ白になり、ただ彼女に突き上げられるまま、激しい呼吸を繰り返した。ミナの動きに合わせて、美容室の革張りの椅子がぎしりと軋む。静まり返った店内に、肌と肌がぶつかる湿った音と、ミナの艶やかな喘ぎ声が濃密に充満していく。

ミナは指の耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁いた。

「指くん、もっと……もっと私を壊すくらい、強くして……」

その言葉に煽られるように、指の身体が獣のような本能を剥き出しにした。バスケで鍛えた強靭な腰のバネが、自分でも驚くような力強さで彼女を突き上げる。童貞ゆえの不器用さと、若さゆえの荒々しい衝動。それらが混ざり合い、二人は鏡の中の自分たちを凝視したまま、決して戻ることのできない快楽の絶頂へと加速していった。

指の視界は次第に霞み、耳元では自分の激しい鼓動とミナの鳴咽が混じり合って聞こえる。やがて、限界まで張り詰めた少年の熱い奔流が、彼女の深奥へと二度目の、そして最初で最後の「初めて」の証を激しく解き放った。

二人の激しい鼓動が、静まり返った店内にいつまでも響いていた。

指は、ミナの細い体に覆い被さるようにして、彼女の肩に顔を埋めていた。全身の力が抜け、バスケの試合後のような心地よい疲労感と、それとは比較にならないほどの充足感が彼を包み込んでいる。

ミナは、指の背中を愛おしそうに何度もさすりながら、彼の耳元で小さく笑った。

「……指くん、すごかったよ。初めてなんて、信じられないくらい……」

その言葉に、指は真っ赤になって顔を上げた。鏡を見ると、そこには髪を乱し、唇を腫らした自分と、どこか満足げで、艶やかな色気を纏ったミナが映っていた。数時間前にこの店に入ってきた時の自分とは、もう決定的に何かが違っている。

「ミナさん、僕……」

言いかけた言葉を、ミナの唇が優しく塞いだ。それは先ほどまでの貪るようなキスではなく、慈しむような、穏やかな口づけだった。

「わかってる。……今日のこと、私、一生忘れないから。指くんの描いたスケッチも、写真も、全部私の宝物にするね」

彼女はゆっくりと指の体から離れると、床に散らばった服を拾い上げた。乾燥機から取り出したばかりのシャツは、まだほんのりと温かい。ミナはそのシャツを指に手渡し、彼が服を着るのを、まるで彫刻を眺めるようなうっとりとした目で見守っていた。

制服を着直し、絆創膏が貼られた耳に触れる。少しだけズキりと痛んだが、それは夢ではないことを証明しているようで、指には愛おしかった。

「また、来てくれる? 次はもっと、かっこよく切ってあげるから」

ミナは店を出る指の背中にそう声をかけ、暗い店内の照明を落とした。

夜の冷たい空気が、火照った指の頬を優しくなでる。ポケットの中には、彼女の連絡先が書かれたメモと、先ほどまで彼女の肌に触れていた手のひらの熱が残っていた。指は一度だけ振り返り、シャッターが下りた美容室を見つめると、少し大人びた足取りで、夜の街へと歩き出した。



放課後の体育館。バスケットボールが床を叩く高い音と、バッシュが擦れるキュッという鋭い音。指はいつも通り練習に打ち込んでいたが、チームメイトからは「最近、なんか雰囲気変わったな」と冷やかされていた。自分でも気づかないうちに、鏡の前で見たあの「男の顔」が、私生活にも滲み出していたのかもしれない。

練習の休憩中、指は部室の隅でスマートフォンを取り出した。

メッセージアプリの画面には、あの日、店を出た直後に届いたミナからの通知が残っている。

『指くん、無事に帰れた? シャツのシミ、お母さんにバレてないかな。……あのね、さっき撮った写真とスケッチ、ずっと眺めてるよ。君の身体、本当に綺麗だった。』

指は、指先に残る彼女の肌の質感を思い出しながら、短い返信を打った。

「シミはバレませんでした。耳の傷も、もうほとんど治りかけてます」

送信して数十秒。すぐに「既読」がついた。

『よかった。傷跡、残らなくて。……でも、私の心にはしっかり指くんの印が残っちゃったみたい。今夜、お店の片付けが終わる頃、また少しだけ話せる? 描きたい「続き」があるの。』

「描きたい続き」という言葉に、指の心臓が激しく脈打つ。それは単なる絵の話ではないことを、彼は本能で理解していた。制服の襟元に隠れた、あの一枚の絆創膏の下にある小さな傷跡が、うずくように熱を帯びる。

指は、体育館の窓から見える夕焼けを見つめた。あの夜、自分は間違いなく「子供」を卒業し、彼女という迷宮に足を踏み入れたのだ。

「部活が終わったら、すぐに行きます」

                   完