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僕の名前は指(ゆび)。十七歳。どこにでもいる高校二年生だが、今のところ「童貞」という、誇るべきか隠すべきか判別のつかない肩書きを背負って生きている。

 その日の雪は、あまりに唐突だった。予報では「夜からちらつく程度」なんて言っていたはずなのに、放課後、校舎を出た僕の目に飛び込んできたのは、重力を忘れたかのような勢いで降り積もる真っ白な暴力だった。短時間で積もった雪は湿り気を帯び、アスファルトの黒をあっという間に塗りつぶしてしまった。

 国道に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。数時間前までは血管のように絶え間なく流れていたはずの車列が、まるで時間が凍りついたかのようにぴたりと止まっている。あちこちでタイヤが空回りする「キュルキュル」という乾いた悲鳴が上がり、坂道では数台のセダンが制御を失って斜めに突っ込み、文字通りの立ち往生を演じていた。

 僕はダッフルコートの襟を立て、その混乱の中を歩いた。動けなくなった鉄の塊たちの横を通り過ぎる時、窓ガラスの向こう側に、焦りや諦めを浮かべた大人たちの顔が見える。普段はスピードと効率を最優先にして僕らを追い越していく車たちが、たった数センチの雪に足元をすくわれ、無様に固まっている。

 その光景を見て、僕はふと自分の指先に目を落とした。寒さで赤くなった僕の指は、まだ一度も、誰かの肌の熱を知らない。この世界に溢れているはずの「愛」とか「情動」といったものから隔離されたまま、十七年という月日が流れた。立ち往生している車たちを笑う資格が、僕にあるだろうか。僕自身の人生もまた、何の実感も得られないまま、この雪の中で足踏みしているだけではないのか。

 誰も踏み荒らしていない歩道の雪に、僕は右手の指を深く突き立ててみた。指先から脳へ、突き刺さるような冷たさが伝わる。それは驚くほど純粋な拒絶の感触だった。溶けて水に変わる前の、一瞬の硬質さ。僕はその冷たさを噛みしめるように、雪を強く握りしめた。

 渋滞の列の中に、暖房で曇った窓を指で拭っている若い女の人が見えた。彼女と目が合ったような気がして、僕は慌てて視線を逸らし、うつむいたまま歩調を早めた。雪はなおも勢いを増し、僕の肩に、頭に、そして「童貞」という名の未熟な自意識の上に、容赦なく降り積もっていく。

 明日の朝には、この雪も泥にまみれて汚くなってしまうのだろう。立ち往生した車たちも、いずれは動き出す。僕だけがこの真っ白な静止した世界に取り残されないように、僕はかじかんだ指をポケットの奥へと押し込み、家路を急いだ。

ふいに、すぐ横に止まっていたシルバーの乗用車の窓が、ウィーンという低い機械音を立てて開いた。車内から溢れ出した人工的な暖房の熱気と、芳香剤の甘い匂いが、冷え切った空気の中に混ざり合う。

「あのー、すいません」

 呼びかけられて、僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。反射的にそちらを見ると、運転席にいたのは、二十代半ばくらいに見える女の人だった。少し乱れた髪に、困惑を隠しきれない眉。助手席には、宛名が書かれた厚みのある封筒が置かれているのが見えた。

「ちょっと伺いたいんですけど、この近くに郵便局ってありませんか?」

 僕は立ち止まり、マフラーの中に鼻先を埋めたまま、必死に記憶の地図を回した。女性と、しかもこんな至近距離で会話をするなんて、僕にとっては雪道でタイヤが空転するのと同じくらい一大事だ。しかし、彼女の必死な眼差しが、僕の不器用な自意識を追い越していった。

「郵便局、ですか……」

 僕は自分の声が思ったより低く、そして震えていることに気づかないふりをした。この先にある坂を越え、さらにバイパス沿いを曲がったところにある。普段なら自転車ですぐの距離だが、今のこの惨状を考えれば話は別だ。

「ここからだと、一番近いところでも、歩いたら一時間はかかりますよ」

 僕がそう告げると、彼女は絶望したようにハンドルを握る手に力を込めた。一時間。この降りしきる雪の中、ヒールを履いているであろう彼女が歩くには、あまりに過酷な時間だ。車もこの状態では、一メートル進むのにどれだけの時間がかかるかわからない。

「一時間……。やっぱり、そうですよね……」

 彼女は力なく笑って、曇ったフロントガラスの向こうを見つめた。その横顔には、今日中にその封筒をどうしても出さなければならないという焦燥感が滲んでいる。僕の指先は、雪の冷たさとは違う、何か妙な熱を帯び始めていた。

 十七歳の、誰の手も握ったことのない僕の指。もし僕がこの封筒を預かると言ったら? あるいは、彼女と一緒にその一時間を歩くと言ったら?

 頭の中に浮かんだ妄想は、舞い落ちる雪のひとひらよりも頼りなく、すぐに消えていった。それでも、動けなくなった彼女の車と、行き場のない僕の視線が、白い闇の中でかすかに交差していた。

落胆する彼女の横顔を見て、僕の胸の奥がざわついた。これまで異性のために何かを成し遂げたことなんて一度もない。誰かに必要とされる感覚に飢えていたのかもしれない。この真っ白な世界で、彼女の焦燥だけが鮮やかな色を持って、僕の未熟な正義感を突き動かしていた。

「あの……僕で良ければ、何か……」

 言いかけた僕を制するように、彼女は「ちょっと待って」と言って運転席を飛び出した。雪の中に降りた彼女の足元は、案の定、雪道には不向きなパンプスで、一歩踏み出すたびに足首まで埋まっている。彼女は寒さに肩をすくめながら車の後ろへ回り込み、カチリと小気味よい音を立ててトランクを開けた。

「実家から送られてきた荷物の中に、こんなのが入ってたんだけど。……これ、使えないかな?」

「これ 布製のチェーン。……オートソックっていうのかな。これがあれば、少しは動けるようになるかな?」

 それは僕もネットのニュースか何かで見たことがあった。金属製の鎖とは違い、タイヤに履かせる特殊な布製のカバーだ。軽量で着脱が簡単だという触れ込みだが、実物を見るのは初めてだった。

「これなら、私でも……いや、でもどうやって」

 彼女は心細げにパッケージと、雪に埋まりかけたタイヤを交互に見つめた。一時間かけて雪道を歩く絶望に比べれば、この布切れに賭けてみる価値はある。けれど、雪まみれのホイールハウスに手を突っ込んで、凍えるような作業を彼女一人でやるのは酷だと思えた。

「僕がやります」

 気づけば、言葉が口をついて出ていた。

「えっ、でも、指くんにそんなことまで……」

「大丈夫です。構造は単純なはずだし、男の手の方が力が入るから。一時間歩くより、これに賭けてみましょう」

 僕は通学鞄を雪の上に置き、コートの袖をまくり上げた。十七歳の、細くて、まだ何も掴んだことのない指。その指先が、冷たい雪と、濡れてどろどろになったタイヤのゴムに触れる。

「あ、ちょっと待って。ライト照らすね」

 美咲さんがスマホのライトを向けた。白く鋭い光が、タイヤの隙間を照らし出す。僕はパッケージを引き裂き、中から出てきたざらざらした質感の布を手に取った。冷たい。指先の感覚が、一瞬で麻痺していくような冷気だ。

 タイヤの上部に布を被せ、奥へと指を潜り込ませる。ホイールの裏側は雪と泥が混じり合い、想像以上に過酷な感触だった。それでも、ライトを掲げる彼女の必死な吐息がすぐそばで聞こえて、僕は手を止めるわけにはいかなかった。

「……半分、入りました。一度、車を少しだけ前に推します?」

 指は タイヤ半分の位置に 車止め用に スペアタイヤを置き 車のブレーキを解除 押してみた。動いた。

 再び雪の中に膝をついた。膝からジーンズに冷たい水が染み込んでくるが、もう気にならなかった。残りの半分をタイヤに被せ、形を整える。かじかんだ指先を必死に動かし、僕は「指」という自分の名前に相応しい仕事をしようと躍起になっていた。

 ようやく二本分を装着し終えたとき、僕は全身雪まみれで、指先の感覚は完全になくなっていた。

「……できた」

 僕が立ち上がると、美咲さんが車から飛び出してきた。

「指くん、大丈夫!? 手、真っ赤じゃない!」

 彼女は僕の手を無意識に取ろうとして、そのあまりの冷たさに小さく悲鳴を上げた。そして、自分のマフラーを解くと、僕の首ではなく、僕の凍えた両手にぐるぐると巻きつけた。

「ごめん、ごめんね……。本当にありがとう。これで、行けるかもしれない」

 マフラーから、彼女の体温と、さっきの芳香剤よりもずっと優しい、彼女自身の匂いがした。十七歳の僕は、その温もりにどう反応していいか分からず、ただ赤くなった指をマフラーの奥で丸めていた。

「ねえ、乗ってよ。これ、本当にちゃんと走れるのかよくわからないし……一人だと不安なの」

 美咲さんは切実な顔でそう言って、助手席のドアを内側から開けた。

 僕は一瞬、躊躇した。制服のズボンは雪で濡れているし、さっきまで地面を這いつくばっていたから汚れもついている。十七歳の分際で、年上の女性の、しかもこんなに綺麗な香りのする空間に踏み込んでいいものだろうか。けれど、バックミラー越しに見える後続車のライトが、早く行けと急かしているように見えて、僕は吸い込まれるように助手席へと滑り込んだ。

 ドアを閉めた瞬間、外の喧騒が嘘のように消えた。車内は暖房で満たされていて、美咲さんのマフラーに包まれた僕の両手が、急激な熱を感じてジンジンと疼き始める。

「汚して、すみません」 「そんなの気にしないで。それより、本当に助かった。……指くん、だったよね? 郵便局まで、案内お願いしてもいいかな」

 美咲さんは震える手でシフトレバーを動かした。アクセルをそっと踏み込むと、布チェーンが雪をしっかりと噛む、独特の低い振動が伝わってくる。空転していたタイヤが意志を持ったように路面を捉え、車がゆっくりと前へ進み出した。

「……動いた」

 彼女が安堵の吐息を漏らす。立ち往生していた他の車を横目に、僕たちの乗った銀色の車は、深い雪の上を静かに滑り出した。

 助手席に座るという経験自体、僕にとっては数えるほどしかない。ましてや、運転席にいるのは母親以外の女性だ。横目でちらりと見ると、彼女は真剣な表情でハンドルを握り、フロントガラスの向こうを見つめている。ワイパーが雪を払う規則正しい音だけが、沈黙を埋めていた。

「この先の信号、右です。そこを曲がれば、少しは除雪が進んでいるはずですから」

 僕は、かじかんだ指をマフラーの中で動かしながら道を示した。十七年間、ただの通学路だと思っていたこの景色が、彼女の車の窓越しに見ると、まるで知らない街のようにキラキラして見える。

「指くんは、この近くに住んでるの?」 「はい。そこにある高校に通ってます。……今日は、たまたま通りかかっただけで」

 僕は自分が「ただの親切な高校生」に見えていることを願いながら、必死で平静を装った。けれど、狭い車内に漂う彼女の香水と、暖房で火照った頬のせいで、僕の心臓は雪道のエンジンよりもよっぽど激しく脈打っていた。

 あと数分で、郵便局に着く。そうなれば、この不思議な時間は終わってしまう。僕は、マフラーの隙間から見える自分の赤い指先を見つめながら、この渋滞がもう少しだけ続いてくれればいいのに、なんて不謹慎なことを考えていた。

「その、『2』って書いてあるところにシフトレバーを入れて。……いつもより、もっとゆっくりだよ」

 僕は、自分の声が少しだけ上ずっているのを自覚しながら、そう指示を出した。運転免許も持っていない高校生の僕が、年上の女性に運転の指南をしている。その事実に、なんだか奇妙な高揚感を覚える。でも、雪国の冬を十七年も見てきた経験が、僕の指先を動かし、言葉を紡がせていた。

 美咲さんは「わかった、2ね」と小さく頷き、慎重にレバーを引いた。カチリ、という重みのある手応えとともに、エンジンの回転音が少しだけ低く、力強くなる。

「そう、そのまま。アクセルは踏み込まないで、じわっと……そう。急に動かそうとすると、また布が空回りしちゃうから」

 車は、深い雪を噛みしめるように、時速十キロにも満たない速度で這い進み始めた。普段ならイライラするような鈍足だけれど、今の僕たちにとっては、この一歩一歩が確実に目的地へと近づくための、唯一にして絶対の儀式のようだった。

「指くん、すごいね。なんだか、ベテランドライバーみたい」

 美咲さんが、前を見据えたまま少しだけ口角を上げた。その言葉に、僕は肺の奥がくすぐったくなるような感覚を覚えた。誰の手も握ったことがない、女性の肌に触れたこともない僕が、今、この閉ざされた空間で彼女の「命」とも言えるハンドル操作を助けている。その事実が、僕の未熟な自尊心を優しく満たしていく。

「……父さんの運転を、隣で見てただけですから」

 僕は、彼女から借りたマフラーの端をぎゅっと握りしめた。マフラー越しに伝わる彼女の温もりと、時折車が揺れるたびに近づく彼女の肩。十七歳の僕にとって、それは雪道よりもずっとスリリングで、予測不能な領域だった。

「いつもよりゆっくり……。なんだか、このままどこか別の世界に行っちゃいそう」

 彼女がふと漏らした言葉は、暖房の熱に溶けて消えた。窓の外では、依然として雪が音もなく降り続き、立ち往生したままの車たちが、まるで沈没した豪華客船のように闇の中に佇んでいる。僕たちだけが、低いエンジン音を響かせながら、白く染まった国道の、その先の坂道へとゆっくりと足を踏み入れていった。

「あ、美咲さん。この先のカーブ、もっと速度落として。……ブレーキじゃなくて、アクセルを離すだけでいいから」

 僕は、自分の指先が、彼女の運転を導く魔法の杖にでもなったかのような錯覚に陥っていた。郵便局まではまだ距離がある。でも、この「いつもよりゆっくり」な時間が、終わらなければいいのにと、僕は心の底で願わずにはいられなかった。

雪の白濁した視界の向こうに、ぼんやりと郵便局のオレンジ色の看板が見えてきた。荒野に灯る灯台を見つけたような、そんな安堵感が車内に広がる。けれど、入り口付近は除雪車が押し退けた雪が壁のように盛り上がり、さらに深い難所となっていた。

「あそこ……入れるかな」

 美咲さんの声に不安が混じる。僕は窓の外を凝視した。一度止まってしまえば、布チェーンを履いていても再発進は難しいかもしれない。

「大丈夫です。勢いをつけすぎず、でも止めないで。僕が外を見てるから、指示通りにハンドルを切ってください」

 僕は窓を少しだけ開けた。冷気が一気に流れ込み、せっかく温まった車内の空気をかき乱すが、今は背に腹は代えられない。美咲さんは小さく「はいっ」と返事をして、ハンドルを両手で強く握りしめた。

 凍えてジンジンと疼く指先を窓枠にかけ、僕は外の雪の深さを測る。彼女の借り物であるマフラーの端が、風に煽られて僕の頬を撫でた。

「今です、右に切って! ゆっくり、そのまま……」

 タイヤが雪の塊を押し潰す鈍い音が足元から伝わってくる。車体が大きく揺れ、一瞬、エンジンが苦しそうな音を立てた。美咲さんの顔が緊張でこわばる。僕は無意識に、彼女の座る運転席の方へ身を乗り出していた。

「止まらないで、そのまま踏んで……よし、抜けた!」

 抵抗がふっと軽くなり、車は郵便局の小さな駐車スペースへと滑り込んだ。そこには他に車影はなく、ただ静まり返った白い空間が僕たちを迎え入れてくれた。

 美咲さんがエンジンを切ると、車内は急に静寂に包まれた。ワイパーの音も消え、ただ自分たちの荒い呼吸だけが聞こえる。彼女はハンドルから手を放すと、ふう、と深く長い溜息をついた。

「……着いた。本当に、着いちゃった」

 彼女は信じられないといった様子で僕の方を向き、それからふわりと微笑んだ。その笑顔は、雪の冷たさをすべて溶かしてしまいそうなくらい温かかった。

「指くん、本当にありがとう。君がいなかったら、私、今頃あそこで泣いてたかも」

 僕は「いえ」と短く答えるのが精一杯だった。十七歳の僕にとって、年上の女性からのストレートな感謝は、どんな教科書の問題よりも難解で、どう解答していいかわからない。

 美咲さんは慌てて助手席の封筒を手に取ると、「すぐ戻るから、待っててね」と言い残して外へ飛び出していった。閉まりかけた自動ドアの向こうへ滑り込む彼女の背中を、僕はただぼんやりと見つめていた。

 車内に残されたのは、彼女の香りの残骸と、僕の両手に巻き付いたままのマフラーだけだ。指先の感覚が完全に戻り始め、刺すような痛みが襲ってくる。でも、その痛みさえも、なんだか特別な勲章のように思えた。

 十七歳の冬。雪に閉ざされた世界で、僕は初めて「誰かのために動く」という実感を知った。それは、まだ女性の肌に触れたこともない僕の、不器用で真っ白な初陣だった。

数分後、自動ドアが勢いよく開き、美咲さんが駆け戻ってきた。車内に滑り込んできた彼女の髪には、新手の粉砂糖のような雪が白く降り積もっている。

「間に合った……! 本当に、ギリギリのところで受け付けてもらえたよ」

 彼女は弾んだ声で言いながら、凍えた両手にふーっと息を吹きかけた。その仕草があまりに無防備で、僕は慌てて視線をフロントガラスの方へ移した。

「……良かったです、本当に」

「指くんのおかげだよ、本当に。あ、そのマフラー、まだ貸してていいからね。手、まだ痛むでしょ?」

 僕は自分の両手を見つめた。彼女の体温が染み込んだウールのマフラー。そこから立ち上がる彼女の匂いに、脳の裏側が痺れるような感覚を覚える。十七歳の僕にとって、これは単なる防寒具以上の、何か決定的な「境界線」を越えてしまった証拠のように思えた。

「いえ、もう大丈夫です。感覚も戻ってきたし……」

「ダメだよ。そんな赤いままで外に出したら、私が自分を許せなくなる。……ねえ、指くん。このまま家まで送らせて。この雪じゃ、歩いて帰るのは無理だよ」

 彼女はそう言うと、再びシフトレバーを「2」に入れ、慎重にアクセルを踏んだ。

 車は郵便局の駐車場を抜け、再び静まり返った国道へと戻っていく。さっきまでの殺気立った渋滞は、いくぶん緩和されているようだった。多くのドライバーが諦めて脇道に避難したのか、それとも雪がすべてを覆い隠してしまったのか。

 車内には、僕と彼女の二人だけの時間が流れていた。

「……指くんって、学校ではどんな感じなの?」

 ふいに投げかけられた質問に、僕は言葉に詰まった。「童貞で、これといった特技もなくて、ただ毎日をやり過ごしているだけです」なんて正直に言えるはずもない。

「普通です。ただの、目立たない生徒ですよ。……さっきみたいなことも、初めてで」

「そうかな。あんなに落ち着いて指示をくれる高校生、なかなかいないと思うけど。私、君が隣にいてくれて、本当に心強かったんだから」

 彼女は前を見たまま、優しく微笑んだ。その言葉が、雪で凍りついていた僕の心にじわじわと熱を広げていく。

 僕は、マフラーの奥で指をぎゅっと握りしめた。この指は、まだ誰の肌にも触れたことがない。でも、今日この雪の中で、重い車を動かし、一人の女性を助けた。その事実が、僕の「十七歳の童貞」という空っぽだった器に、初めて確かな重みを与えてくれた気がした。

「……あそこの角を左に曲がると、僕の家です」

 目的地が近づくにつれ、僕は誇らしさと、それ以上の寂しさを感じ始めていた。この温かい空間から、彼女の香りが届くこの場所から、もうすぐ降りなければならない。

 銀色の車は、雪を蹴散らしながらゆっくりと僕の家の前で止まった。

「あの……」

 家の前でエンジンがアイドリングの微動を続けている中、僕は喉の奥に張り付いたような声を振り絞った。窓の外では、雪が街の音をすべて吸い込み、世界は静止したままだ。

「ねえ、お姉さん。良かったら、お茶でも飲んでいきませんか? ……ちょうど、親もいなくて、誰もいないし」

 言い終えた瞬間、自分の心臓の音が車内に響き渡るのではないかと錯覚した。「誰もいない」なんて、まるで下心が透けて見えるような言い方をしてしまった。十七歳の童貞という未熟な自意識が、一気に顔を熱くさせる。

 美咲さんはハンドルを握ったまま、少し驚いたように僕を見た。その沈黙が数秒、いや、僕には数分にも感じられた。

「……誰もいない、か」

 彼女は小さく反芻するように呟き、フロントガラスに積もり始めた雪を見上げた。そして、ふっと緊張を解くように肩を落として笑った。

「そうだね。この雪じゃ、今すぐ帰ろうとしても、またどこかで立ち往生しちゃうかも。……お言葉に甘えちゃおうかな。指くんの淹れてくれるお茶、いただこうかな」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の指先がかすかに震えた。

 僕は車を降り、彼女を助手席側からエスコートするようにして玄関へ向かった。家の鍵を開ける指が、寒さのせいか緊張のせいか、うまく鍵穴に収まらない。ようやくドアを開け、冷え切った廊下に彼女を招き入れた。

「お邪魔します」

 彼女がパンプスを脱ぎ、僕の家の玄関に並べる。その細い靴が僕の汚れたスニーカーの隣にあるだけで、見慣れた家の中が急に別の場所に変わってしまったかのようだった。

 暖房をつけ、キッチンへ向かう。誰もいないリビング。カーテンを閉めると、外の白い世界と完全に遮断された。

 僕は台所で、震える手でマグカップを二つ用意した。高級な茶葉なんてないから、棚の奥にあったティーバッグを。お湯が沸騰するまでの間、背後で彼女がソファに座り、衣類が擦れるわずかな音が聞こえる。

 十七歳の僕の指。さっきまで冷たい鉄と雪に触れていたこの指が、今は彼女のために温かい飲み物を用意している。これから、この静かな部屋で、僕と彼女の二人きりの時間が始まる。

 湯気が立ち上るカップを手に、僕は彼女の待つリビングへと足を進めた。

「あ、これ……どうぞ。熱いので気をつけてください」

 僕は湯気の立つマグカップをローテーブルに置いた。彼女は「ありがとう」と言って、冷えた両手でカップを包み込むように持った。その仕草を見ているだけで、僕の心臓の鼓動はまた速度を上げていく。

「お姉さん、それ飲んでて。僕……さっき雪をいじってドロドロになっちゃったから、ちょっとシャワー浴びてくる」

 そう言って、僕は逃げるように脱衣所へ向かった。実際、膝から下はびしょ濡れで、雪と泥が混じった感覚が肌に残っている。でもそれ以上に、彼女のまっすぐな視線から一度離れて、頭を冷やしたかった。

 浴室で服を脱ぎ捨て、熱いシャワーを頭から浴びる。  指先の感覚が、熱に打たれてジンジンと蘇ってくる。さっきまで美咲さんの運転を導いていた僕の指。布チェーンを必死に巻き付けた僕の指。

 十七年間、ただ自分のためだけに動かしてきたこの手が、今日は誰かの役に立ち、そして今、その人を自分の部屋のすぐ外に待たせている。

(……誰もいないって、言っちゃったんだよな)

 シャワーの音にかき消されるように、僕は独り言を漏らした。  鏡の中の自分は、どこにでもいるただの高校生だ。でも、階下にいるのは、さっきまで手を貸し、マフラーを貸してくれた年上の女性。鏡に映る自分の指を見つめる。この指は、今日この後、何に触れることになるんだろう。

 ジャリ、とタイルの上で足音が響いた。

 シャワーの音と水飛沫で視界が遮られる中、浴室のドアが静かに開く音がした。僕は驚いて目を開けようとしたけれど、シャンプーの泡がまつ毛に張り付いていて、うまく開けられない。

「……お姉さん?」

 返事の代わりに、温かい湿り気とともに、彼女の気配がすぐ後ろに迫った。驚きで体が強張る。十七歳の僕にとって、浴室という密室に異性が入ってくるなんて、想像の範疇を遥かに超えた事態だった。

「指くん、背中、流してあげようか。……それとも、頭、洗ってあげる」

 耳元で囁かれた声は、霧のように柔らかかった。  次の瞬間、僕の頭に、自分のものではない指先が触れた。

 それは、僕の節くれだった指とは違う、驚くほど細くて、しなやかな指だった。彼女の指先が僕の頭皮をゆっくりと動くたび、さっきまで外気で凍えていた脳の奥が、とろけるような熱に支配されていく。

「さっき、頑張ってくれたもんね。手が痛いんでしょ? 私に任せて」

 彼女の指が、髪の間をすり抜け、円を描くように優しく僕の頭を包み込む。シャンプーの泡が細かく弾ける音と、彼女の吐息。時折、彼女の腕が僕の肩に微かに触れる。

 僕は、自分の指を浴室の壁に強く押し当てて、どうにか意識を保とうとした。これまで一度も知ることのなかった、誰かの「体温」という圧倒的な情報。

 立ち往生していた車を動かした僕の指は、今、彼女の指に委ねられている。  外の雪はまだ降り続いていて、この世界には、シャワーの音と、僕らを繋ぐ熱い水滴しか存在しないかのような錯覚に陥っていた。

「……親は、今日は帰ってこないんだ。法事で、遠くの親戚の家に行ってて」

 シャワーの音にかき消されそうな小さな声で、僕はそう告白した。視界は泡で真っ白なままだ。でも、その言葉が持つ意味の重さだけは、湿り気を帯びて浴室の空気に重くのしかかった。

 彼女の指先が、一瞬だけ止まった。

 けれどすぐに、また優しく、今度はさっきよりもいっそう丁寧に僕の頭を撫で始めた。爪が頭皮を軽く刺激し、指の腹が僕の熱を確かめるように動く。

「そうなんだ。じゃあ、明日の朝まで……ずっと、二人きりだね」

 彼女の声が、浴室のタイルに反響して、耳の奥で甘く響く。  彼女の指が、頭から首筋、そして肩のラインへとゆっくりと滑り降りてきた。僕の震える肩を包み込む、その柔らかくて温かい手のひら。

 十七歳の僕の指は、行き場を失って、ただ浴室の壁を強く掴んでいた。雪道を動かした指も、布チェーンを巻いた指も、今は彼女の体温の前では何の役にも立たない。ただ、初めて知る「自分以外の誰か」の感触に、全身の細胞が逆立っていく。

「指くん、体が熱いよ。……雪で冷えすぎちゃったのかな。それとも……」

 彼女の吐息が、項(うなじ)にかかる。  僕は思わず息を止めた。外では、すべての日常を停止させた雪がなおも降り積もっている。立ち往生した車たちも、遠くの街の喧騒も、今の僕には関係なかった。

 ただ、彼女の指先が僕の肌をなぞるその軌跡だけが、僕の世界のすべてだった。十七年間、ずっと孤独に「童貞」という名の雪原を歩いてきた僕の指が、今、初めて溶け出す瞬間を迎えようとしていた。

「……体も、洗ってあげる」

 その言葉とともに、彼女の指先が僕の背中に触れた。  それは、想像していたよりもずっと重みのある、確かな熱を持った感触だった。彼女は石鹸を泡立てると、僕の強張った肩から背中にかけて、ゆっくりと掌を滑らせていく。

 十七年間、自分の指でしか触れたことのなかった僕の体が、今、自分のものではない柔らかな皮膚によって定義されていく。

 「指くん、背中……広いね」

 彼女の指が、背骨のラインをなぞるように降りていく。そのたびに、僕の理性は雪が崩れるように音を立てて剥がれ落ちていった。指先は相変わらず浴室の壁を支えていたけれど、さっきまでの「寒さ」を追い払うための力は、もう必要なかった。

 彼女の指は、雪道を切り拓いた僕の献身を労うかのように、丁寧に、そしてどこか慈しむように僕の肌を滑っていく。

 「……お姉さん」  「なあに?」  「……もう、無理です」

 僕は震える声でそう呟いた。何が無理なのか、自分でも正確にはわからなかった。でも、このまま彼女の指に身を委ねていたら、僕は僕という形を保てなくなってしまう。

 すると、彼女は洗っていた手を止めて、僕の背中にそっと顔を寄せた。湯気の中で、彼女の濡れた髪が僕の肩に触れる。

 「指くんの指、あんなに冷たかったのに。今は……こんなに熱いよ」

 彼女の指が僕の脇腹を通り、正面へと回ってくる。僕はたまらず、壁を掴んでいた自分の指を離した。そして、その行き場のない指を、自分でも無意識のうちに、僕の体に触れている彼女の温かい手に重ねた。

 十七歳の僕の指が、初めて、誰かの「生」の熱に直接触れた瞬間だった。

「指くん……何が無理なの? ここ……?」

 彼女の指が、僕の最も敏感で、今まで自分以外の誰にも許してこなかった場所に、迷いなく、けれど羽毛のように優しく触れた。

 心臓が爆発するかと思った。浴室の天井から落ちる水滴の音さえ、今の僕には雷鳴のように響く。十七年間、ひっそりと守り抜いてきた僕の「聖域」が、彼女の温かくて少し湿った指先によって、あっさりと、それでいて鮮烈に暴かれていく。

「あ……っ……」

 声にならない吐息が漏れる。僕は思わず、彼女の細い手首を掴んだ。  雪道を歩き、布チェーンを必死に巻き付けた僕の指。その指が今、初めて異性の細い関節の感触を知る。

「そんなに強く握ったら、痛いよ……指くん」

 彼女は困ったように、でもどこか楽しそうに微かに笑った。  僕は慌てて力を抜いたけれど、彼女の手を放すことはできなかった。

「お姉さん……僕、本当に、こういうの……分からなくて」

「分からなくていいんだよ。私が、全部教えてあげるから」

 彼女の指が、滑るように、より深く、僕の熱の核心を捉える。  湯気で視界が歪む。外では雪が積もり続け、車も人も、そして時間さえも立ち往生している。この世界で動いているのは、彼女の指と、それに翻弄される僕の鼓動だけだ。

 十七歳の僕の指が、今度は彼女の濡れた腕をなぞるように滑った。  それは、ただの親切心や正義感ではない。もっと暗くて、熱くて、どうしようもない衝動に突き動かされた「男」としての指の動きだった。

「……ねえ、指くん。ここじゃ、少し狭いかな」

 彼女は僕の胸元に顔を埋めたまま、耳たぶを甘噛みするように囁いた。  僕は答える代わりに、彼女を抱き寄せるように腕に力を込めた。

「指くん……何が無理なの? ここ……?」

 彼女の指が、僕の最も敏感で、今まで自分以外の誰にも許してこなかった場所に、迷いなく、けれど羽毛のように優しく触れた。

 心臓が爆発するかと思った。浴室の天井から落ちる水滴の音さえ、今の僕には雷鳴のように響く。十七年間、ひっそりと守り抜いてきた僕の「聖域」が、彼女の温かくて少し湿った指先によって、あっさりと、それでいて鮮烈に暴かれていく。

「あ……っ……」

 声にならない吐息が漏れる。僕は思わず、彼女の細い手首を掴んだ。  雪道を歩き、布チェーンを必死に巻き付けた僕の指。その指が今、初めて異性の細い関節の感触を知る。

「そんなに強く握ったら、痛いよ……指くん」

 彼女は困ったように、でもどこか楽しそうに微かに笑った。  僕は慌てて力を抜いたけれど、彼女の手を放すことはできなかった。

「お姉さん……僕、本当に、こういうの……分からなくて」

「分からなくていいんだよ。私が、全部教えてあげるから」

 彼女の指が、滑るように、より深く、僕の熱の核心を捉える。  湯気で視界が歪む。外では雪が積もり続け、車も人も、そして時間さえも立ち往生している。この世界で動いているのは、彼女の指と、それに翻弄される僕の鼓動だけだ。

 彼女は僕の脇の下からひょいと顔を出し、上目遣いで僕の顔を覗き込んだ。そして、いたずらっぽく視線を下へと落とした。

 そこには、彼女自身の白い指先が、僕の最も熱り、脈打っている部分をしっかりと捉えている光景があった。湯気の中で、彼女の手と僕の肌が重なっているその場所だけが、この世で一番確かな現実として存在していた。

「……すご。指くん、こんなに熱くなってたんだね」

 彼女は自分の手の中にある「それ」を、まるで珍しい宝物でも観察するかのようにじっと見つめた。十七歳の僕にとって、それはあまりに直視できない、羞恥と快楽が混ざり合った光景だった。

「お姉さん、見ないで……ください……」

 僕は顔を赤くして、片手で目を覆った。けれど、彼女の指は止まらない。それどころか、僕の反応を楽しむように、指の腹でゆっくりと、その熱の輪郭を確かめるように動きを深めていく。

「どうして? 頑張ったご褒美だよ。……あんなに冷たい雪の中で、私を助けてくれた、たくましい男の子の証じゃない」

 彼女の指が、僕の熱をゆっくりと上下になぞる。一回、二回と繰り返されるたびに、僕の腰から背骨にかけて、火花が散るような衝撃が駆け抜けた。

 外の雪は、今この瞬間も音もなく街を埋め尽くしている。何百台という車が冷たい暗闇の中で立ち往生し、ドライバーたちが寒さに震えている中で、僕だけが、この奇跡のように温かくて、淫靡な熱の中に閉じ込められていた。

 彼女の指先が、先端の震える部分を優しく押し潰す。

「あ……っ!」

 僕はたまらず声を上げ、覆っていた手をどけて彼女の肩を掴んだ。  指先が、彼女の濡れた肌に深く食い込む。

「指くん……ここ、もっと触ってほしい? それとも……」

 彼女は僕の目をまっすぐに見つめ、握っている手にわずかに力を込めた。その瞳には、さっき雪道で見せた不安な顔はもうどこにもなかった。そこにあるのは、未熟な僕をどこまでも深い場所へと誘おうとする、大人の女の情熱だった。


指(ゆび)の限界は、とうに超えていた。

 氷点下の雪空から、熱気に満ちた浴室へ。振り子のように激しく振られた感情と感覚が、彼女の指先ひとつに収束していく。十七年間、ただ自分のためだけに存在していたその場所が、今、自分以外の熱によってドクドクと脈打ち、破裂しそうなほどに膨れ上がっている。

 彼女の指が、滑るような石鹸の泡とともに、その熱の芯をぎゅっと絞るように這い上がった。

「あ……く、うっ……!」

 指はたまらず、浴室の壁に頭を押し付けた。視界の端で、彼女の濡れた髪から滴る水滴が、自分の胸元に落ちて弾けるのが見える。  指先は、彼女の細い肩に深く食い込んでいた。雪道を一時間歩く覚悟をした時よりも、布チェーンを必死に巻き付けた時よりも、今の自分の方がずっと必死だった。

「指くん、顔……真っ赤だよ? そんなに、気持ちいいの?」

 美咲さんは、脇の下から覗き込んだまま、小悪魔のような笑みを浮かべて問いかける。彼女の指は休むことなく、慣れた手つきで、それでいて残酷なほど丁寧に、指を絶頂の縁へと追い込んでいく。

 指の股間で、彼女の手が白く、そして鮮やかに動く。そのたびに、腰の奥からせり上がってくる熱い塊が、喉元まで突き上げてくる。


「お姉さん……っ、もう、だめだ……出る……」

 掠れた声でそう告げるのが精一杯だった。  指の全身が、一弦の弓のように限界まで引き絞られる。十七年間の純潔が、この真っ白な湯気の中で、雪が溶けるよりも激しく、濁流となって溢れ出そうとしていた。

 彼女は握る手を緩めるどころか、最後の一押しを与えるように、指の動きをさらに速めた。

「いいよ。全部、私に出して……」

指は、のけぞるように腰を前に突き出した。

 頭を洗っていたときとは比べものにならないほどの激しい衝動が、下腹部の奥からせり上がってくる。彼女の指が最後の一搾りを与えるように強く脈動をなぞった瞬間、十七年間溜め込まれてきた未熟な熱が、一気に堰を切った。

 ビクビクと体を震わせるたびに、白濁した塊が風呂場のタイル壁めがけて勢いよく放たれる。

 「あ……、ああっ……!」

 自分でも驚くほどの勢いだった。真っ白な壁に、自分の純潔の証がいくつも線を引いて飛び散っていく。それは、外で街を麻痺させているあの真っ白な雪と同じ色をしていたけれど、驚くほど熱を持っていた。

 彼女は、自分の指をすり抜けて放たれるその衝撃を、至近距離で、恍惚とした目で見つめていた。指の突き出した腰が、余韻で何度も小さく跳ねる。

 やがて、浴室にはシャワーの音だけが戻ってきた。  指は壁に両手をつき、荒い息をつきながら、自分のしたことの重大さに呆然としていた。壁に飛び散った自分の痕跡が、お湯に流されてゆっくりと消えていく。

 美咲さんは、少しだけ濡れた自分の手を眺め、それから優しく指の背中に手を添えた。

「……すごかったね、指くん。あんなに遠くまで飛ぶなんて」

 彼女の声は、どこか満足げで、それでいて慈しむように響いた。  指は、あまりの気恥ずかしさと脱力感で、その場に崩れ落ちそうだった。十七歳の冬。雪で閉ざされた密室で、彼はついに「童貞」という名の長い立ち往生から、あまりにも鮮烈な形で解放されたのだった。

 外ではまだ雪が降り続いていたけれど、指の指先は、もう二度と凍えることはないほどに熱を持っていた。

熱いシャワーで壁の痕跡を流し終え、二人はリビングへと戻った。

 部屋は暖房で十分に温まり、外の雪が嘘のように静まり返っている。僕は自分でも顔が火照っているのが分かった。つい数分前、この年上の女性の前で、あんなに無様に、けれど鮮烈に自分をさらけ出してしまった。

 美咲さんは僕のスウェットを借りて、ソファに深く腰掛けていた。手にはまだ、少し冷めたマグカップが握られている。僕は彼女の隣に、壊れ物を扱うような慎重さで腰を下ろした。

「……ねえ、指くん」

 彼女がふと、窓の外の雪を見つめたまま口を開いた。

「私、こんなことしたの……初めてだよ」

 僕は驚いて彼女の横顔を見た。あんなに手慣れた様子で僕を導いてくれた彼女の口から出た、意外な言葉だった。

「男性経験は、それなりにあるんだけどね。……でも、あんな風に誰かのために必死になって、お風呂で男の子を洗ってあげて……その、あんなに一生懸命なものを、あんなに近くで見せてもらったのは、本当に初めて」

 彼女はカップを置き、自分の細い指先をじっと見つめた。

「指くんのあの時の顔、すごく真っ直ぐで……なんだか、私の汚れた部分まで、あの勢いで全部洗い流してくれたみたいな気がしたんだ」

 美咲さんはそう言うと、恥ずかしそうに肩をすくめて笑った。

 十七歳の僕の指。さっきまで壁を掴み、彼女を抱き寄せていた指。  経験豊富なはずの彼女を「初めて」の気持ちにさせたのだと知って、僕の胸の奥には、さっきの絶頂とはまた違う、静かで誇らしい熱が灯った。

 外では雪が、街の音をすべて吸い込んで降り続いている。  法事の親は、きっと今頃、どこかの旅館か親戚の家で雪に足止めされているだろう。

 僕は勇気を出して、自分の指を、彼女の膝の上にある手に重ねてみた。  今度は震えていなかった。  この雪が止むまで、僕たちはこの誰もいない部屋で、お互いの「初めて」を分かち合う、長い夜を過ごすことになる。

お姉さん……お腹、空いてませんか。ご飯チンして、レトルトカレーならありますけど。食べます?」

 さっきまでの、あの密度の濃い空気から一転、僕の口から出たのはあまりに現実的で、それでいてひどく不器用な提案だった。自分でも「もっと他に言いようはなかったのか」と思ったけれど、十七歳の僕にできる最大限の「おもてなし」が、それだった。

 美咲さんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして僕を見つめ、それからお腹を抱えてくすくすと笑い出した。

「ふふ、あはは! レトルトカレー? 指くん、あんなにすごかったのに、急に高校生に戻っちゃうんだね」

「……あ、いや、そんなに笑わなくても」

「ごめんごめん。でも、すごく嬉しい。ちょうどお腹空いてたんだ。私、レンジの前で待ってようかな」

 彼女は僕の大きなスウェットの袖をパタパタさせながら、キッチンへとついてきた。

 僕は冷蔵庫からタッパーに入った冷やご飯を取り出し、レンジに入れる。その横で、レトルトのパウチをお湯で温める準備をする。レンジの「ブーン」という低い音と、お湯が沸くポコポコという音。さっきまで浴室で鳴り響いていたシャワーの音とは違う、生活の音が妙に心地よく、そして少しだけ照れくさかった。

 カチ、とレンジが鳴る。  僕はホカホカになったご飯に、湯気の立つカレーをたっぷりと注いだ。

「はい、お姉さんの分。これ、中辛ですけど大丈夫ですか?」

「ありがとう、指くん」

 ダイニングテーブルに並んで座り、二人でカレーを頬張る。  お互い、さっきまで裸で触れ合っていたとは思えないほど、今は一心不乱にカレーを食べている。でも、スプーンを持つ僕の指先は、さっき彼女の肌に触れた感覚を鮮明に覚えていて、時折彼女と目が合うたびに、喉の奥が熱くなった。

「……美味しい。雪の中で立ち往生して、どうなるかと思ったけど。指くんに会えて、本当に良かった」

 彼女はカレーの汚れをペーパーでちょんと拭い、僕をじっと見つめた。

「お姉さん……僕の方こそ。今日のこと、一生忘れないと思います」

 外では雪が、すべてを隠すように降り積もっている。明日になれば、道路の雪はかき出され、彼女の車も動き出すだろう。でも、このキッチンで二人、レトルトカレーの匂いに包まれながら過ごした時間は、僕の十七歳の記憶に、消えない刻印として刻まれていた。


彼女の視線が、再び熱を帯びる。カレーのスパイシーな香りが残る部屋で、その言葉だけが甘く、粘り気を持って僕の脳裏に響いた。十七歳の僕は、持っていたスプーンを置くことさえ忘れて、彼女の瞳に吸い込まれそうになっていた。

「指くん、さっきは私に洗ってもらったでしょ? 今度は……指くんのその『指』で、私に触れてほしいな」

 美咲さんは立ち上がると、僕の手を引いてリビングのソファへと向かった。さっきまで夕食を食べていた日常の空間が、一瞬にして濃密な夜の気配に塗り替えられる。

 ソファに深く沈み込んだ彼女は、僕のスウェットの襟元を少し広げ、潤んだ瞳で僕を見上げた。

「……やり方、わからなくてもいい。指くんがさっき、一生懸命に布チェーンを巻いてくれたみたいに、私のことも……丁寧に、探してみて?」

 僕は膝をつき、震える指を彼女の足首へと伸ばした。  雪で冷え切り、僕がマフラーを巻いてあげた、あの細い足。ストッキングを脱いだ彼女の肌は、驚くほど白くて、滑らかだった。

 僕の指先が、ふくらはぎから膝の裏、そして太ももへと、ゆっくりと這い上がっていく。一歩間違えれば壊れてしまいそうな繊細な感触に、僕は息をするのも忘れていた。

「あ……っ、指くん……」

 彼女が小さく声を漏らし、僕の髪に指を絡めた。  十七歳の冬。外は依然として雪が降り続き、世界から切り離されたこの部屋で、僕はついに自分自身の「指」で、大人の女性という未知の領土へと踏み出していった。

 太ももの内側、指先がもっとも柔らかい肌に触れたとき、彼女の体がびくりと跳ねた。

「……あ、ごめんなさい」 「いいの。指くんの指、まだ少し節くれだっていて……でも、すごく優しい」

美咲さんはソファに背を預け、僕の指を受け入れるようにゆっくりと脚を開いた。スウェットの裾が捲り上がり、さっきまで僕が夢中で汚してしまったはずの彼女の指先が、今は僕の誘導を待っている。

僕は、雪道の轍を探るような慎重さで、彼女の核心へと指を進めた。薄い下着の向こう側、そこは驚くほど熱く、そしてすでに蜜で濡れていた。

「お姉さん、ここ……すごく熱いです」 「……指くんが、そうさせたんだよ」

彼女が僕の耳元で熱い吐息を漏らす。僕は意を決して、下着の端に指をかけた。

十七年間、想像の中でしか触れたことのなかった未知の感触。指先が彼女の熱い粘膜に直接触れた瞬間、頭の中のヒューズが飛ぶような衝撃が走った。お風呂で僕が感じたものとは全く違う、もっと深くて、吸い込まれるような甘い感触。

「ん……っ、あ……。そこ、上手……」

彼女の腰が小さく浮き、僕の指をより深くへと誘う。僕は夢中で指を動かした。さっき教わったばかりの、けれど本能が刻みつけているリズム。彼女の濡れた音が静かなリビングに響き、レトルトカレーの匂いは、いつの間にか彼女の甘い香りに上書きされていた。

指先から伝わってくる、彼女の体の震え。 自分が、この綺麗な年上の女性をこんなにも翻弄している。その事実に、僕は形容しがたい万能感と、それ以上の愛おしさを覚えた。

「お姉さん、もっと……いいですか」 「……全部、指くんの好きにして」

彼女は僕の首に腕を回し、僕の唇に自分の唇を重ねた。初めて知る、大人の女性の柔らかさと、少しだけ残るお茶の苦味。

僕は、指先が触れている場所の熱さに、自分自身が溶けてしまいそうだった。

下着の柔らかな布地を指でずらすと、そこにはお風呂の湯気よりも濃密な、むせるような雌の香りが立ち上っていた。僕の指が、彼女の秘められた花びらに初めて触れた瞬間、指先から脳髄まで痺れるような電流が走った。

「あ……っ、指くん……そこ……」

彼女の潤んだ声が、静かなリビングに波紋のように広がる。僕は、さっき彼女が僕にしてくれたことを思い出しながら、不器用ながらも必死に指を動かした。指先でそっと割れ目を探り、一番熱を持っている小さな突起を見つけ出す。

そこは驚くほど繊細で、僕が少し指を動かすたびに、彼女の背中がソファから弓なりに浮き上がった。

「お姉さん、ここ……ですか?」 「ん……んんっ……そう、そこ……上手、だよ……」

彼女の肌が赤く上気し、僕の指を締め付けるように蜜が溢れ出してくる。ヌチュッという、濡れた音が指の間で鳴る。十七歳の僕にとって、それはどんな音楽よりも扇情的で、本能を激しく揺さぶる音だった。

僕は勇気を出して、指を一節、また一節と彼女の中へと滑り込ませた。 吸い付くような肉の熱。指を包み込む湿った締め付け。彼女の内側は、まるで生き物のように僕の指を奥へと誘い、脈打っている。

「あっ、あ……すごい、指くんの指……入って……」

美咲さんは顔を背け、手の甲で口元を覆いながら、短く激しい吐息を繰り返した。僕は彼女の反応を見逃さないよう、もう一本の指を添え、さらに深く、彼女の熱の核心を掻き出すように動かした。

指先が彼女の奥の壁に触れるたび、彼女の指が僕の髪を強く掻きむしり、腰が激しく跳ねる。

「あ、あああぁっ……指、くん! もう……だめ、いく、いっちゃう……!」

彼女の瞳が大きく見開かれ、焦点が定まらなくなる。僕の指を挟み込む力が急激に強まり、彼女の全身が小刻みに、そして激しく震えた。中から溢れ出した熱い雫が、僕の手首まで濡らしていく。

やがて、彼女は深い溜息とともに、僕の肩にぐったりと頭を預けた。

「……すごかった。指くん、初めてだなんて信じられないくらい……優しくて、強かった」

彼女の濡れた睫毛が、僕の頬をくすぐる。 僕は、自分の指を濡らしている彼女の証をじっと見つめた。雪道を切り拓いた僕の指は、今、一人の女性の絶頂を導き出した。その誇らしさと切なさが混ざり合った感情が、僕の胸を熱く満たしていった。

「指で……終わり?」

僕が少し掠れた声でそう問うと、美咲さんは僕の肩に顔を埋めたまま、くすぐったそうに小さく笑った。それから、ゆっくりと顔を上げると、熱を帯びた瞳で僕の目の中をじっと覗き込んだ。

「そんなわけないでしょ。……指くんの『指』がこんなに頑張ってくれたんだもん。次は……」

彼女は僕の首筋に両手を回し、自分の方へと引き寄せた。

「指くんの、本当の『熱いところ』……。お姉さんに、ちゃんと全部預けてくれないかな」

彼女は僕のスウェットの紐に指をかけ、ゆっくりと、けれど確かな意志を持ってそれを解いていった。さっきまで指先だけで感じていた彼女の熱が、今度は剥き出しの肌を通して、僕の全身に伝わってくる。

僕は、彼女の誘いに抗うことなんてできなかった。

ソファから、どちらからともなく寝室へと移動する。親のいない、静まり返った家。暗い廊下を歩くとき、彼女の白い肌が闇の中に浮かび上がって、まるで雪の精のように見えた。

ベッドに倒れ込むと、シーツが微かに冷たかったけれど、重なり合った二人の体温がそれを一瞬で奪い去った。

「指くん、こっち向いて……」

彼女の柔らかな胸が僕の胸板に押し当てられ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。僕は、震える手で彼女の腰を抱き寄せた。さっきお風呂で見られたときよりも、もっと大きく、もっと硬くなった僕の核心が、彼女の太ももの間に触れる。

「……怖い?」 「いえ……ただ、心臓が止まりそうで」

「大丈夫。私がちゃんと、受け止めてあげるから。ゆっくり……ね?」

彼女は僕の唇を優しく塞ぎ、導くように腰を動かした。 雪に閉ざされた家の中で、十七歳の僕の「本当の初めて」が、ゆっくりと、熱く、彼女の内側へと吸い込まれていった。

指先で始まったこの夜の冒険は、今、二人の体が一つに溶け合う、深い、深い終着点へと辿り着こうとしていた。

「そこじゃない……もうちょっと下……」

 美咲さんは僕の耳元で熱く囁きながら、僕の腰を誘導するように彼女の柔らかな掌を添えた。  僕が手探りで進んでいた場所よりも、さらに奥。彼女が本当に求めている、最も深く、最も熱い場所へと、僕をいざなっていった。

 「そう……そこ。指くん、そこだよ……っ」

 彼女が示した「正解」の場所に僕が触れた瞬間、彼女の全身が電流に打たれたように大きく跳ねた。  今まで聞いたことのないような、喉の奥から絞り出すような艶めかしい声が漏れる。それまでの優しかった「お姉さん」の顔が、一瞬で快楽に溺れる「一人の女」の顔へと変わった。

 彼女の誘いに応えるように、僕は腰を深く突き入れた。  指先で探っていた時とは比較にならない、全方位を包み込む肉の熱。そこは驚くほどに濡れ、僕のすべてを飲み込もうとするかのように脈打っている。

「……っ、指くん……入ってるよ……全部」

美咲さんは僕の背中に爪を立て、吐息を漏らした。その声に突き動かされるように、僕は不器用ながらも腰を動かし始めた。

最初は、雪道を恐る恐る進むような、ぎこちない動きだった。けれど、彼女が僕の動きに合わせて腰を揺らし、心地よい場所を探り当ててくれるたびに、僕の理性は粉々に砕け散っていった。

「あ、あ……っ。お姉さん、すごい……これ、すごいです……!」 「んっ、ふふ……指くん……中、すごく熱い。……もっと、奥まで……」

ベッドの軋む音と、肌と肌がぶつかる湿った音。 彼女の胸が僕の胸に擦れ、そのたびに全身に火花が散る。僕は夢中で彼女の唇を求め、舌を絡ませた。レトルトカレーの味なんて、もうどこにも残っていない。そこにあるのは、ただひたすらに甘く、官能的な「生」の味だけだった。

指先がシーツを強く掴む。 彼女の締め付けが、絶頂に向けて一段と激しく、そして深くなっていく。

「指くん、くる……また、くる……っ! 一緒に、いこ……?」

美咲さんの瞳が大きく見開かれ、僕の首筋に顔を埋めて強く噛みついた。その痛みが引き金となって、僕の奥底で溜まっていた熱が、マグマのように噴き出した。


「お姉さん……だめです……っ、もう、出ます……!」

僕は彼女の肩に顔を埋め、理性の最後の一線が切れる音を聞いた。 彼女が「もっと下」といざなったその場所は、僕のすべてを吸い尽くすような、抗いようのない熱い渦だった。

「いいよ……指くん、出して。私のなかに、全部……っ!」

美咲さんは僕の腰を抱きしめる力をさらに強め、自分の体を僕に強く押し当てた。 その言葉が最後の一押しとなり、十七歳の僕のなかで膨れ上がっていたダムが、音を立てて決壊した。

ドクンドクンと、鼓動に合わせて熱い塊が彼女の奥深くへと放たれていく。 自分の体の芯が、一本の熱い糸になって彼女と繋がっているような感覚。 指先、つま先、髪の毛の一本一本にまで衝撃が走り、僕はただ彼女の重みにしがみつくことしかできなかった。

「あ……あああぁぁっ……!」

彼女もまた、僕を壊すような力で背中をのけぞらせ、僕の名前を何度も呼んだ。 二人の吐息が激しく交じり合い、やがて、遠い潮騒のような余韻だけが部屋を支配した。

……静かだった。

さっきまで嵐のようだった部屋は、また元の静寂に戻った。 唯一聞こえるのは、重なり合ったままの二人の、短く荒い呼吸の音。 僕は彼女の白い肩に顔を乗せたまま、しばらく動くことができなかった。

美咲さんは、僕の耳元で小さく、満足げな吐息をついた。

「指くん……すごかった……。本当に、全部出してくれたんだね」

彼女の指が、僕の汗ばんだ背中を優しく、ゆっくりとなぞる。

お風呂の壁へ放った時よりも、もっと深く、もっと長く。 彼女の胎内の奥深くへと、僕の十七年間のすべてを叩きつけた。彼女の体が激しく震え、僕を壊すような力で抱きしめ返してくる。

二人の吐息が重なり、嵐のような時間が過ぎ去った後、部屋には再び静寂が戻ってきた。

窓の外では、依然として雪が降り積もっている。でも、この部屋の温度はさっきよりもずっと高く、僕たちは汗ばんだ体のまま、お互いの鼓動を確かめ合うように寄り添っていた。

「……指くん、お疲れさま」

美咲さんは、僕の額に張り付いた髪を優しく指で払い、聖母のような微笑みを浮かべた。

「雪、まだ止まないね。……明日の朝まで、こうしてていい?」

僕はただ、彼女の手を自分の指でぎゅっと握りしめた。

美咲さんが、僕の胸元に顔を埋めたまま、ようやく荒い呼吸を整えようとしていた。  汗ばんだ肌と肌が密着し、ゆっくりと体温が馴染んでいく、そんな静かな余韻の時間。

 けれど、その静寂を破ったのは、僕の体の正直な反応だった。

 彼女の柔らかな体温と、鼻腔をくすぐる甘い香りが、さっきまで出し切ったはずの僕の奥底にある熱を、再び呼び覚ましていた。十七歳の回復力は、僕自身が一番驚くほどに容赦がなかった。

「……んっ、指くん……? なに……?」

 彼女が異変に気づき、少しだけ体を離して僕の顔を覗き込んだ。  出し終わっても彼女のそこからは ぬけていなかった あれが また。

「えっ……また? 嘘でしょ、指くん……あんなにすごかったのに」

 美咲さんは信じられないといった様子で目を見開いた。けれど、その瞳には驚きだけでなく、どこか熱っぽい、抗いきれない喜びの色が混じっている。

「……すみません。自分でも、よく分からなくて……」

 僕は顔を真っ赤にして謝った。でも、僕の指は無意識のうちに、彼女の腰を再び自分の方へと引き寄せていた。一度通った道の、その先にあるもっと深い多幸感を知ってしまった僕の体は、もう止まることを知らなかった。

「……ふふ、本当に『たくましい』んだね、雪道の指くんは」

 彼女は呆れたように笑いながらも、今度は自分から僕の首筋に腕を回した。

「いいよ。夜はまだ、信じられないくらい長いし……雪だって、当分止みそうにないもんね」

 彼女は再び、僕をいざなうように腰を動かした。  十七歳の冬。一度きりの過ちどころか、止まることのない熱情の渦の中に、僕たちは再び深く、深く沈んでいった。


 結局、あの後の静かな寝室で、僕は彼女の中にさらに三回、己の熱を注ぎ込んでいた。

 お風呂場での鮮烈な一発、そしてベッドでの一回目。それに続く怒涛の三回。十七歳の若さゆえの暴走か、あるいは雪に閉じ込められた極限状態がそうさせたのか、計五回。

 最後の方は、もう頭の中が真っ白で、ただ彼女の温もりだけを本能で追い求めていた気がする。

 深夜。ようやく嵐が去り、二人の間には本当の意味での静寂が訪れた。  部屋をわずかに照らす常夜灯の下、美咲さんは僕の腕の中で、満足げな、けれどひどく疲れ果てた寝顔を見せている。

 僕はふと、布団の中から自分の「そこ」を覗き見てみた。

「……さすがに、もう無理だよな」

 あんなに猛り狂っていたそれは、今は見る影もなく、ひどく「かわいく」なっていた。使い果たされ、役目を終えて、くたびれたように小さく縮こまっている。その様子が、さっきまでの自分たちの激しさを物語っていて、僕は一人で、顔が熱くなるのを感じた。

 指先で自分の「それ」をちょんと触ってみる。  ピクリとも動かない。  でも、不思議と嫌な感じはしなかった。十七年間、重荷のように感じていた「純潔」を、この一晩で、この美しい女性の中にすべて預けきったという、圧倒的な解放感があった。

 外の雪音は、いつの間にか止んでいた。  降り積もった雪が、街の汚れをすべて覆い隠すように。僕のなかの子供っぽさも、この一晩の熱狂のなかに埋もれて、新しい自分に生まれ変わったような気がした。

 僕は、僕の「かわいい」相棒に心の中で『お疲れさま』と声をかけ、心地よい脱力感とともに、彼女の香りに包まれて深い眠りに落ちていった。



 カーテンの隙間から差し込む、眩しい白光が僕のまぶたを叩いた。

ゆっくりと目を開けると、視界のすべてが真っ白に輝いている。外は晴れたんだ。記録的な大雪を降らせた雲は去り、世界は静まり返っていた。

ふと隣を見ると、そこにはまだ、僕の大きなスウェットに身を包んだ美咲さんが眠っていた。

昨日までの「知らない年上のお姉さん」ではない。僕の指が、僕の体があらゆる場所を触り、そして五回も熱を分かち合った、僕にとって世界で一番特別な人。

僕が横たわったまま彼女を見つめていると、彼女の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開いた。

「……あ、指くん。おはよう」

彼女の声は、昨夜の情事の名残か、少しだけ掠れていた。彼女は布団の中でモゾモゾと動き、僕の腕の中に潜り込んできた。

「見て、お姉さん。外、晴れましたよ」 「本当だ……。じゃあ、そろそろ道も通れるようになるかな」

彼女はそう言いながら、布団から細い腕を出して、僕の頬を優しくなでた。その指先が、昨夜の激しさを思い出させて、僕は思わず赤面してしまう。

「指くん、昨日は……その、すごかったね」 「……すみません。自分でも、あんなに……」 「謝らないで。私、一生忘れないと思う。雪道で助けてくれた指くんの逞しさも……その後の、指くんの『元気すぎる』ところも」

彼女はいたずらっぽく笑うと、布団の中で僕の腰のあたりに手を伸ばした。 昨夜、あれほど「かわいく」なっていた僕の相棒は、彼女の温かい手に触れられた瞬間、朝の光を浴びて、また少しだけ誇らしげに目を覚まそうとしていた。

「……あ、指くん? また?」 「……朝ですから、仕方ないです」

二人は顔を見合わせて、同時に吹き出した。 外の道路では、除雪車の遠い音が響き始めている。日常が戻ってくるまでの、あとわずかな時間。 僕たちは、冷えた空気の中で混ざり合うお互いの体温を、もう一度だけ確かめるように抱き合った。

十七歳の冬。雪が溶けても、僕の指先に残った彼女の熱は、きっと消えることはない。

                        完

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