『「76」秘め事の手当て』
2026/01/29(木)
十五歳の少年、指(ゆび)にとって、自分の名前は空虚な器のようなものだった。
早くに亡くした母親の記憶は、セピア色の写真と、微かに残るパウダーのような匂いの中にしかない。彼の手が最後に覚えている「母親の感触」は、おそらく乳飲み子の頃の、無意識の底に沈んだ温もりだけだ。だからこそ、彼は自分の指先に、いつまでも癒えない飢えを抱えていた。
学校の同級生たちの幼い肌には興味が持てなかった。彼が焦がれるのは、自分を包み込んでくれるような、包容力のある年上の女性の肉体だ。近所に住む年上の幼馴染のお姉さんや、行きつけの商店の少し年配の女性。彼女たちがふとした瞬間に見せる、柔らかそうな二の腕や、家事に勤しむ厚みのある掌。
指は、彼女たちの体に触れたいという衝動を、単なる性欲以上のものとして感じていた。それは、失われた母性を指先から取り戻したいという、祈りに近い渇望だった。
「指ちゃん、また背が伸びたんじゃない?」
隣の家に住む、母親の友人だった女性が、庭越しに声をかけてくる。彼女がエプロンで手を拭いながら、自分の頭を撫でようと手を伸ばすたび、指は反射的に身をすくませてしまう。本当は、その少し荒れた、生活の匂いのする掌に頬を寄せたい。そのまま彼女の豊かな胸元に顔を埋め、子供のように甘やかされたい。
けれど、彼はまだ「童貞」という名の、分厚いガラスケースの中に閉じ込められていた。
十五歳の自意識が、彼を純粋な子供に戻ることも、一人の男として踏み出すことも許さない。指は自分の部屋で、自分の左手の手首を右手で掴み、その脈動を確かめる。もしも誰か、年上の女性がこの手を引いて、未知の柔らかさの中へと導いてくれたなら。
彼は夜、目を閉じて想像する。母親のような慈愛と、女性としての色香を併せ持つ「誰か」が、自分のこの不器用な指先を優しく握り、彼女の肌の上を滑らせる瞬間を。まだ一度も、生きた女性の体温を直接書き込まれたことのない彼の指は、暗闇の中でただ、ひんやりとした空気をなぞるしかなかった。
夕暮れ時、自転車で転んで膝を擦りむいたのは、十五歳の彼にとって格好のつかない、けれど神罰のような幸運だった。
「あら、指ちゃん。派手にやったわね。ちょっとこっちへ来なさい」
声をかけてきたのは、近所に住む信子さんだった。亡くなった母よりも少し年上で、いつも陽だまりのような甘い香りをさせている。彼女は指の腕を優しく掴むと、玄関先の縁側に彼を座らせた。
指の心臓は、膝の傷口よりも激しく脈打っていた。 彼女の家の前を通るたび、彼は生垣の隙間から、洗濯物を干す彼女の豊かな肢体を盗み見ていた。薄いシャツの背中に浮かぶ下着のラインや、屈んだ拍子に見える太ももの肉感。夜、自室の暗闇の中で、彼は自分の指先をその幻影に這わせ、幾度となく名前を呼びながら、若すぎる欲望を吐き出してきた。
その「おかず」にしていた本人が今、目の前で膝をつき、彼の脚に触れている。
「痛い? 我慢してね」
信子さんが消毒綿を持って近づく。彼女の指先が、傷の周りの皮膚を軽く押さえた。 熱かった。 初めて触れる、自分や父親のそれとは違う、年上の女性特有のしっとりとした柔らかな指の腹。その一点から、全身の血が沸騰するように集まってくるのがわかる。
彼女が傷口を覗き込むたび、結い上げた髪からこぼれた毛先が、指の太ももをくすぐった。視線を落とせば、胸元のボタンの隙間から、柔らかそうな肌の起伏が覗いている。
彼は自分の指を拳にして固く握りしめた。今、この指が彼女の白い肌に触れてしまったら、頭の中で繰り返してきた不潔な妄想がすべて露見してしまうのではないかという恐怖に襲われる。
「指ちゃん、顔が真っ赤よ? やっぱり痛むのね」
信子さんは心配そうに顔を上げ、彼の頬にそっと手を添えた。 ひんやりとした掌の冷たさと、そこから伝わる圧倒的な「女」の質量。指は息をすることさえ忘れ、ただ、母親の面影と性的対象としての彼女が混ざり合った、その得体の知れない熱に飲み込まれそうになっていた。
信子さんの掌から伝わる体温は、十五歳の彼が想像していたよりもずっと重く、深いものだった。頬を包み込むその優しさに、指(ゆび)の喉の奥からは、情けないほど小さな吐息が漏れた。
「……大丈夫、です」
絞り出すような声は震えていた。これ以上触れられていたら、抑え込んでいる衝動が、ズボンの下で形を変えつつある熱い塊が、彼女にバレてしまう。指は逃げるように視線を逸らし、自らの膝を固く抱え込んだ。
信子さんはそんな彼の葛藤など露知らず、母親のような、あるいは悪戯な少女のような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「指ちゃんは、手が本当に綺麗ね。亡くなったお母さんにそっくり。あの子も、指先まで神経が通っているような、繊細な手をしていたわ」
彼女はそう言いながら、消毒を終えた絆創膏の上から、トントンと軽く叩くように彼の膝を撫でた。その無防備な親愛の情が、今の指にはどんな劇薬よりも刺激的だった。
「……お母さんに、似てますか」
「ええ。きっと、女の子の手を握るときも、すごく優しくしてあげるんでしょうね。あなたのその名前みたいに」
信子さんは立ち上がると、屈んでいたせいで乱れたスカートの裾をパタパタとはたき、少しだけ声を潜めて言った。
「もし、練習がしたくなったら……いつでもここに来ていいのよ? おばさんでよければ、いくらでも話を聞いてあげるし、甘えてくれてもいいんだから」
その言葉が、純粋な親切心なのか、それとも彼の秘めた視線に気づいた上での誘惑なのか、指には判断がつかなかった。ただ、彼女が背を向けて家の中へ戻っていくとき、夕日に照らされた腰の曲線が、あまりに鮮烈に目に焼き付いた。
その夜、自分の部屋に戻った指は、暗闇の中で自らの右手をじっと見つめた。 信子さんの頬の柔らかさ、膝に触れた指の感触。それらが消えないうちに、彼は自分の体に触れる。
「信子、さん……」
脳裏で彼女を「おばさん」ではなく一人の女性として剥き出しにし、名前を呼ぶ。昼間に彼女が触れた場所を、今度は自分の指でなぞりながら。十五歳の少年の部屋には、甘い石鹸の香りと、やるせないほどの孤独な熱だけが満ちていた。
数日後、指(ゆび)は逃げ場のない熱に突き動かされるようにして、再び信子さんの家の門を叩いた。手に持ったコンビニの袋には、せめてもの口実として買った水羊羹が入っている。
「あら、指ちゃん。いらっしゃい」
信子さんは、風呂上がりなのだろうか、薄手の部屋着を纏っていた。石鹸の匂いが、先日よりもずっと濃く彼の鼻腔を突く。通された居間で、彼女は「暑いわね」と首筋を仰いだ。その無防備なうなじに、指の視線は釘付けになった。白く、少し湿り気を帯びた肌。そこには彼が夜な夜な空想していた、完璧な「柔らかさ」が実在していた。
「あの、信子さん。この間のお礼に……肩、揉みましょうか?」
心臓が喉まで競り上がってくるような緊張を隠し、指は言った。信子さんは少し意外そうに目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「まあ、嬉しい。指ちゃんに肩を揉んでもらえるなんて。最近、本当に凝っていて困っていたのよ」
彼女は背中を向けて、座布団の上に座り直した。
指は震える手を伸ばした。空気を裂いて、ついに彼の指先が彼女の肩に触れる。 布越しではない。彼女の襟ぐりが少し広かったため、彼の親指は直接、彼女の肩口の皮膚に沈み込んだ。
熱い。そして、驚くほど柔らかい。
指の腹から伝わる感触に、彼は眩暈を起こしそうになった。指先に力を込めると、弾力のある肉がわずかに形を変え、その下にある骨の存在を感じる。彼は自分の名前を体現するように、一点一点、魂を込めて彼女の体に触れていった。
「……ふふ、指ちゃん、本当に上手ね。指先が力強くて……ああ、そこ、すごく気持ちいいわ」
信子さんの口から漏れた小さな吐息。その声が、指の理性を激しく揺さぶる。 彼は、彼女のうなじに近い場所へと、少しずつ指をずらした。産毛が指先に触れ、彼女の体温が直接、自分の血管に流れ込んでくるような錯覚に陥る。
これは練習ではない。 自慰の「おかず」として消費していた幻影が、今、自分の指の下で確かに脈打ち、声を上げている。
「もっと、強くてもいい……?」
信子さんが少し首を傾げた拍子に、彼女の柔らかな重みが彼の掌に預けられた。指は息を止め、自分の指先が彼女の肉体という聖域に深く沈んでいくのを、陶酔の中で見つめていた。
指の指先には、十五年分の鬱屈したエネルギーが宿っていた。
最初は恐る恐るだったその動きは、信子さんの肌の弾力を知るごとに、より深く、執拗なものへと変わっていく。彼は自分の「指」という名前を証明するかのように、彼女の僧帽筋から肩甲骨の縁にかけて、丹念にその形をなぞり、押し込み、解きほぐしていった。
「あ……ん、指ちゃん……っ」
信子さんの声のトーンが変わった。先ほどまでの、親戚の子供を褒めるような余裕のある声ではない。吐息が混じり、語尾がかすかに震えている。
彼女の背中が、指の愛撫に近いマッサージに合わせて、弓なりにしなる。薄い部屋着の下で、彼女の体温が急上昇しているのが指先を通じて伝わってきた。指は確信した。今、この瞬間、自分は「近所の子供」という枠組みを超えて、彼女の肉体と一対一で対峙している。
「そこ……そんなに強くされたら……変な感じがするわ……」
信子さんはそう言いながらも、彼の手を払いのけようとはしなかった。むしろ、吸い付くような彼の指の動きに誘われるように、首を左右に小さく振り、無防備な喉元を晒している。
指の視界は、彼女の白い項(うなじ)と、そこに滲んだひと筋の汗でいっぱいになった。 夜の自室で、暗闇を相手に繰り返してきたシミュレーション。その何百倍もの生々しさが、彼の指先から脳髄へと突き抜ける。彼は親指を彼女のうなじの生え際に食い込ませ、そのままゆっくりと、襟元に隠された禁断の領域へと滑らせようとした。
「指ちゃん、あなた……本当に十五歳なの?」
信子さんが、熱を帯びた瞳で肩越しに彼を振り返った。その瞳には、彼を子供として慈しむ光と、一人の「オス」として本能的に警戒し、同時に期待するような、湿った色が混じり合っていた。
十五歳の童貞である指にとって、その視線はどんな言葉よりも雄弁だった。
信子さんの手が、唐突に指(ゆび)の動きを封じた。
彼女の手のひらは、彼自身のそれよりもずっと熱く、そして力強かった。マッサージを続けていた指の動きが止まり、静寂が居間に満ちる。テレビの音も聞こえない。ただ、二人の荒い鼓動と、湿り気を帯びた空気だけがそこに停滞していた。
「……指ちゃん。もう、おしまい」
信子さんの声は低く、どこか湿っていた。彼女は彼の手首を掴んだまま、ゆっくりと、しかし抗いがたい力で自分の方へと彼を引き寄せた。
指は抗うことができなかった。腕を引かれるまま、彼の体は彼女の背中へと倒れ込むように近づく。あと数センチで、彼の胸が彼女の背中に触れる。十五歳の少年がずっと夢に見て、けれど一度も踏み込めなかった「女性」という聖域。その境界線が、今にも崩れようとしていた。
信子さんはゆっくりと振り返った。その頬は朱に染まり、微かに開いた唇からは、熱い吐息がこぼれている。彼女の瞳は、目の前にいる少年を「友達の息子」として見ているのか、それとも、自分を執拗に求めてくる「指」という名の男として見ているのか。
「あなたの指……すごく、怖いわ」
信子さんはそう呟くと、掴んでいた彼の手を、自分の胸元へと導いた。薄い生地越しに、彼女の心臓が激しく跳ねる鼓動が、指の指先にダイレクトに伝わってくる。
「こんなに熱くなって……どうしてほしいの?」
彼女の問いかけは、指にとって究極の選択だった。自室で一人、名前を呼んでいたあの夜。空想の中でなら何度でも言えた言葉が、本物の女性の肌に触れている今、喉の奥に張り付いて出てこない。
指の視界が、彼女の潤んだ瞳と、首筋に浮かぶ血管の動きで埋め尽くされる。十五歳の彼は、人生で初めて、空想ではない「本物の肉体」の重みに押し潰されそうになっていた。
指の指先は、信子さんの胸の鼓動を刻むたびに、痺れるような熱に侵食されていった。
彼女の手によって自分の指がその場所に押し当てられたとき、十五年間守り続けてきた「童貞」という名の硬い殻に、決定的な亀裂が入った。彼はもう、逃げることも、隠れることもできなかった。
「信子さん……僕は、」
声が裏返り、ひどく掠れていた。指は自分の指先から伝わってくる、彼女の豊満な柔らかさと、その下で猛烈に波打つ命の証に、眩暈を感じる。
「僕は、ずっと……あなたに触りたかった。お母さんみたいに、優しくしてほしかったけど……それだけじゃなくて。あなたの、この肌に……全部、僕の指で触れて、確かめたかった」
一度口にすると、せき止めていた泥流があふれ出すように言葉が溢れた。彼は自分の指先に力を込め、彼女の胸元の生地をぎゅっと掴み上げた。
「毎日、夜になると……信子さんのことばかり考えてます。あなたの首筋とか、腕とか……ここが、どんなに柔らかいのか、僕の指を、どう受け止めてくれるのか……っ」
指の瞳には、熱い涙が滲んでいた。それは情けなさというよりは、あまりに巨大な欲望を、小さな十五歳の身体で抱えきれなくなったゆえの溢出だった。
信子さんは、彼の剥き出しの告白を、逃げることなく真っ向から受け止めていた。彼女の掴む力は緩まない。むしろ、彼の告白を一つひとつ確かめるように、彼の手首をさらに自分の方へと深く引き寄せる。
「……指ちゃん。あなたの指、こんなに震えてる」
彼女は小さく笑った。それは慈悲のようでもあり、一人の女が年下のオスを支配するときの、残酷なまでの優しさでもあった。
「いいわよ。今日は……その『指』で、私を全部確かめてごらんなさい」
そう言って、彼女は自ら部屋着の第一ボタンを指先で外した。
信子さんの指先がボタンを弾き、開かれた襟元から、夏の夕闇を押し返すような白い肌が露わになった。
「指ちゃん……あなたの名前のように、して」
その言葉は、少年の理性を粉々に砕く合図だった。指(ゆび)は、震える右手を伸ばした。空気を裂いて進む自分の指先が、スローモーションのように彼女の鎖骨の窪みへと降り立つ。
初めて直接触れた「本物」の皮膚。 それは、彼が夜な夜な想像していたどの素材とも違っていた。絹よりも滑らかで、けれど生きているもの特有の湿り気と、驚くほどの熱量を持っている。指の腹が吸い付くように彼女の肌に密着した瞬間、彼は自分という個体が、彼女の肉体の中に溶け出していくような感覚に襲われた。
「あ……っ、信子、さん……」
指は、吸い寄せられるように彼女の胸元へと指を滑らせた。自分の指先が、彼女の柔らかな曲線に深く沈み込んでいく。押し返してくる弾力、その奥でトクトクと刻まれる脈動。
彼は、自分がこれまで「おかず」にしてきた妄想がいかに浅はかだったかを思い知らされた。指先を通じて脳に送られてくる情報は、暴力的なまでの質量を持って、彼の「童貞」というアイデンティティを塗り替えていく。
指は、もう片方の手も伸ばし、彼女の豊かな肢体を包み込むようにして触れた。母親の温もりを求めていたはずの欲求は、今や一人の男としての、飽くなき征服欲へと変質していた。彼は、彼女の肌のあらゆる起伏を、一ミリも漏らさず自分の指先に記憶させようと執拗になぞり続ける。
信子さんは、少年の荒々しくも繊細な指の動きに、首を後ろに反らして短く息を吐いた。
「指ちゃん……あなたの指、本当に……すごいのね……」
彼女の肌が、彼の接触に反応して微かな鳥肌を立てる。その変化さえも、彼の指先は敏感に捉えていた。十五歳の彼は今、名前という呪縛から解き放たれ、その指先で新しい世界の扉をこじ開けようとしていた。
信子さんは、熱に浮かされた少年の手首を再び掴むと、今度はそれを拒むためではなく、より深い場所へと導くために力を込めた。
「指ちゃん、ここ……もっと、奥まで触れて」
彼女は、指(ゆび)の震える右手を、自身の部屋着の裾から内側へと引き入れた。布地の遮りがいよいよ失われ、十五歳の彼の指先を待っていたのは、信じられないほど熱く、そしてどこまでも柔らかい腹部の起伏だった。
指は、指先に伝わる圧倒的な「女」の質量に、言葉を失って喘いだ。 鍛えられた筋肉などはどこにもない、慈愛と豊穣を象徴するような、ふっくらとした肉の感触。指がその柔らかな平原を這うたびに、信子さんの身体が微かに震え、彼の指先を包み込むように波打つ。
やがて彼女は、彼の手をさらに下へと、彼が自室の暗闇でさえ踏み込むことを躊躇った「禁断の領域」へと導いていく。
「信子さん、僕……僕、壊してしまいそうで……」
「いいのよ、壊しても。あなたのその指で、私の全部を知ってほしいの」
信子さんの声は、もう母親のそれではなく、一人の女として彼を溺れさせるための甘い罠だった。
指の指先が、ついに彼女の最深部を覆う、湿り気を帯びた熱帯のような場所へと辿り着く。そこは、これまでのどんな感触とも違っていた。熱帯雨林のような生命力と、蜜のような粘着性。彼の指がその一端に触れた瞬間、信子さんは彼の肩に顔を埋め、喉の奥で獣のような甘い鳴き声を上げた。
十五歳の童貞、指にとって、その場所は「聖域」であると同時に、彼を真の意味での「男」へと変貌させる祭壇だった。彼はもはや、自分の指が自分の意思で動いているのか、それとも彼女の肉体が彼の指を吸い込んでいるのか、その区別さえつかなくなっていた。
指の先端から全身へと駆け巡る、痺れるような快感。彼はただ、自分の名前を刻み込むように、その未知なる柔らかさの奥へと、一歩、また一歩と指を進めていった。
指の指先が、その熱帯のような深淵の入り口に触れた瞬間、信子さんの身体はまるで電流が走ったように激しく跳ねた。
「あ……っ、指ちゃん、そこ……っ! だめ、そんなに……鋭くしないで……」
彼女は否定の言葉を口にしながらも、腰を浮かせ、自分から彼の指へと押し付けてくる。その矛盾した反応こそが、十五歳の彼にとっては何よりの肯定だった。
指は、自分の名が持つ魔力に初めて気づかされた。彼が指先をわずかに曲げ、湿った熱の奥を探るたびに、信子さんの太ももが痙攣するように震え、彼の腕を固く挟み込む。彼女の指先は彼の制服の背中を掴み、爪が食い込むほどの力で彼を求めていた。
「すごい……指ちゃん、あなた……初めてなんて嘘でしょう?」
信子さんの呼吸は、もはや会話を成立させないほどに乱れていた。彼女の瞳は虚空を彷徨い、端正だった顔立ちは快楽による苦悶に歪んでいる。
その姿を見たとき、指の中で「母親の影」は完全に消え去った。 目の前にいるのは、一人の男を導く包容力のある女性ではなく、一人の少年の指先によって、ただの「雌」へと解体されていく無防備な肉体だった。
指は、吸い付くような粘膜の熱に翻弄されながらも、さらに深く、彼女の最も過敏な場所を抉るように動かした。指先が彼女の「蜜」で濡れ、ぬるりとした滑らかな音を立てる。その音を聞くたびに、指の脳髄には強烈な閃光が走り、ズボンの下で限界を迎えていた熱い塊が、今にも爆発しそうなほどの拍動を繰り返す。
「信子さん、信子さん……っ!」
彼は彼女の耳元で、祈りのようにその名を呼び続けた。 彼女の喉から漏れる、途切れ途切れの嬌声。それは、十五年間待ち続けた「本物の世界」の旋律だった。指は、自分の指先が彼女の奥深くで何かに触れるたび、彼女の身体が快楽の頂点に向かって加速していくのを感じていた。
指の指先が、彼女の最も熱く、もっとも過敏な一点を捉えた。 彼は本能のままに、そこを強く、けれど弾くように執拗に責め立てる。十五歳の指(ゆび)が持つ、繊細でいながら暴力的なまでの探究心が、信子さんの理性を最後の一片まで焼き尽くした。
「ああ……っ、指ちゃん、それ……だめ、くる、きちゃう……っ!」
信子さんの身体が硬直した。彼女の背中が大きく反り、指を握る彼の手首を砕かんばかりに締め上げる。次の瞬間、彼女の喉から、言葉にならない長く、震える悲鳴が漏れた。 彼女の最深部が、指の指先を幾度も、幾度も波打つように締め付ける。その熱く湿った拍動は、指の指先を通じて彼の全身へと逆流した。
その瞬間だった。 彼女の絶頂の余韻が、指の指先を狂おしいほどに刺激したのと同時に、彼の限界も音を立てて崩れ去った。
「あ……く、信子さん……っ!」
彼は彼女の肩に顔を埋め、言葉を失って喘いだ。 ズボンの下、行き場を失っていた熱い塊が、激しい拍動と共に何度も弾けた。布地を突き抜け、下着の中で熱い液体が溢れ出していく。人生で初めて経験する、あまりにも強烈で、あまりにも孤独ではない、圧倒的な解放。
信子さんの身体から力が抜け、指の腕の中に重く沈み込んできた。 部屋には、二人の混じり合った荒い呼吸と、微かな石鹸の香り、そして生々しい熱気だけが残された。
指の右手指先は、まだ彼女の奥深くで、小刻みに震える彼女の肉体の余韻を感じている。その指は、信子さんの「蜜」と、自分の「暴発」という二つの熱に汚されながら、十五歳の終わりを告げていた。
「……すごかったわ、指ちゃん」
信子さんが、汗ばんだ額を彼の首筋に寄せ、弱々しく笑った。 指は何も答えられなかった。ただ、自分の名が刻まれたその指先を、これからはもう、以前のように無垢な目で見つめることはできないだろうと、幸福な絶望と共に悟っていた。
二人の間に流れる静寂の中で、指(ゆび)は自分の下腹部を襲った、あの抗いようのない熱い解放感に呆然としていた。
信子さんの身体がゆっくりと離れ、彼女が乱れた部屋着を整えようとしたその時だった。指のズボンのフロント部分に、隠しようのない大きな染みが、じわりと広がっているのが彼女の目に留まった。
「……あら」
信子さんの手が止まった。 指は顔から火が出るような羞恥心に襲われ、咄嗟に両手でそこを隠そうとした。しかし、彼女の視線はすでに、十五歳の少年が晒してしまった「結果」を優しく、そして逃さず捉えていた。
「指ちゃん、あなた……」
信子さんは驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は、とろけるような慈愛の色に変わった。彼女は隠そうとする彼の両手の上から、自分の掌をそっと重ねた。
「ごめんなさい、気づかなかったわ。私だけがあんなに気持ちよくなっちゃって……我慢できなかったのね」
彼女は指の震える指先を、一枚の布越しに、愛おしそうになぞった。 少年の暴発は、彼女にとって自分への最高の賛辞であり、同時に、彼がいかに自分を強く求めていたかを示す動かぬ証拠だった。指は、うつむいたまま耳まで真っ赤にし、ただ荒い息を繰り返すことしかできない。
「いいのよ。あなたの指が、あんなにすごかったんだもの。……でも、気持ちよかった?」
信子さんは顔を覗き込むようにして囁いた。その声には、いたずらっぽさと、一人の女としての深い悦びが混じっていた。
指は小さく、消え入りそうな声で「はい……」とだけ答えた。 自分の指先が彼女の最深部を暴き、その代償として、自分もまた、最奥にある熱を彼女の目の前で晒してしまった。十五歳の彼にとって、それはどんな言葉の告白よりも深く、彼女と結びついた瞬間だった。
信子さんは「ちょっと待っててね」と立ち上がると、洗いたての清潔なタオルを持って戻ってきた。そして、母親が子供の世話を焼くような手つきで、けれど男を扱うような手捌きで、彼の汚れを拭い始めた。
「これからは、もう隠さなくていいのよ。指(ゆび)ちゃん……」
彼女が自分の名前を呼ぶたびに、指は、自分の指先が再び熱を帯びていくのを感じていた。
信子さんの指先が、指(ゆび)のズボンのベルトに掛かったとき、彼は抵抗する術を知らなかった。
「……見せて。指ちゃんの、全部」
抗いがたい優しさを孕んだ命令。信子さんは膝をついたまま、慣れた手つきでジッパーを下ろし、下着ごとゆっくりと引き下げた。
十五歳の少年が隠し持っていた、生々しく、そして未だ熱を帯びて震えている「情けないもの」。先ほど暴発したばかりの白い証拠が、皮膚を汚し、無惨な姿でそこにあった。
「あ……っ、信子さん、見ないで……」
指は、自分の名前を冠したその指先で顔を覆った。けれど、指の間からは、信子さんが自分のそれをじっと見つめる視線が痛いほど伝わってくる。自室の暗闇で、彼女を思い浮かべながら何度も慰めていたその場所が、今、本物の彼女の、湿った吐息がかかるほどの距離に晒されている。
信子さんは、嫌悪感など微塵も見せなかった。むしろ、愛おしい宝物でも見つめるように、そっと指先を伸ばし、汚れたその先端に触れた。
「……可愛いわね、指ちゃん。こんなに熱くなって、一生懸命に私を求めてくれたのね」
彼女の白い指が、彼の情けない部分を愛撫するように拭う。その屈辱的でいて、至福に近い感覚に、指は足の指先まで丸まるような衝撃を覚えた。
「指(ゆび)という名前なのに……ここは、指よりもずっと正直なのね」
彼女は小さく笑うと、少年の最も無防備な部分を掌で優しく包み込んだ。その感触は、先ほど自分の指が彼女の奥底で感じた熱と同じか、それ以上に深く、彼の十五歳の自尊心を甘く溶かしていく。
指は、自分の指先で涙を拭うことさえ忘れ、自分を丸裸にした彼女の慈愛に、ただ身を委ねるしかなかった。
信子さんの視線は、少年の無惨に汚れたその場所から逸れることはなかった。彼女は、指が羞恥心で震えているのを知りながら、まるで吸い寄せられるように、さらに顔を近づけた。
「きれいにしてあげるわね。お掃除……してあげる」
彼女の吐息が直接肌にかかり、指の全身に鳥肌が立った。次の瞬間、熱く湿った感触が、彼の最も敏感な部分を包み込んだ。
「ひっ……あ、信子、さん……っ!」
信子さんの口内は、指先で知ったあの場所と同じように、あるいはそれ以上に熱く、密閉されていた。十五歳の純潔を奪ったあとの、生々しい感覚。彼女が舌を使い、少年の未熟な部分を丹念に清めていくたびに、指の腰は勝手に跳ね、指先は畳を強く掴んだ。
あんなに大量に放出したばかりだったのに、彼女に「お掃除」をされるたび、情けないほどに再び血が集まってくるのがわかる。彼女の柔らかな髪が太ももをくすぐり、喉を鳴らして自分を吸い上げる音。その背徳的な響きが、少年の眠っていた野生を呼び覚ました。
「……あら。あんなに元気だったのに、またこんなに熱くなって。指ちゃん、欲張りなのね」
信子さんは一度口を離すと、潤んだ瞳で彼を見上げ、いたずらっぽく微笑んだ。彼女の唇はわずかに光り、そこには彼の一回戦の証が残っている。その視覚的な刺激が、指の理性を完全に焼き切った。
「信子さん……もっと、もっと、触らせて……」
指の指先は、今度は迷うことなく彼女の豊かな肢体へと伸びた。
二ラウンド目は、もう「手当て」でも「マッサージ」でもなかった。指は、自分の指先を彼女の肌に深く食い込ませ、吸い付くように彼女を抱き寄せた。今度は彼女を喜ばせるためだけではなく、自分の内側に溜まった、まだ捨てきれない熱をすべて彼女の中に叩きつけるために。
信子さんも、少年の急激な変化に応えるように、その白い脚を彼の腰に絡め、彼を導いた。
「いいわよ、指ちゃん。あなたのその指で、今度はもっと……激しくして」
夕闇が居間を支配する中、二人の影は一つに重なり、静寂を切り裂くような熱い喘ぎ声と、肉がぶつかり合う生々しい音だけが、いつまでも響き続けていた。
二ラウンド目の熱狂は、一ラウンド目のそれとは比較にならないほど、生々しく、暴力的なまでの悦びに満ちていた。
信子さんの口内は、指(ゆび)のすべてを飲み込もうとするかのように熱く、その舌の動きが彼の未熟な先端を容赦なく追い詰めていく。指は彼女の豊かな髪を掴み、腰を震わせた。指先が彼女の頭の形をなぞるたび、脳髄を直接かき回されるような快感が全身を貫く。
「あ……く、信子さん、また……出る、出ちゃう……っ!」
我慢することなど到底不可能だった。指は彼女の口の奥深くに、二度目の、そして一度目よりもずっと濃い熱い塊を叩きつけた。信子さんはそれを逃さず、喉を鳴らしてすべてを受け入れると、ふう、と熱い吐息を彼の肌に吹きかけた。
しかし、夜はまだ終わらなかった。 二度の暴発を経て、指の頭は真っ白になっていたが、信子さんの瞳にはそれ以上に深い、湿った欲望が灯っていた。彼女は自分の指を口元にやり、彼のもので汚れた指先を自ら舐めとると、ゆっくりとその場所を押し広げた。
「指ちゃん、お掃除だけじゃ……足りなくなっちゃった」
彼女は彼を仰向けに倒すと、自らその上に跨った。 十五歳の少年にとって、それは世界のすべてが自分の上に降りかかってくるような光景だった。信子さんの白い太ももが、彼の腰を挟み込む。そして、彼女の潤んだ場所が、彼のまだ熱を帯びた一点をゆっくりと、確実に飲み込み始めた。
「あ……ああぁっ!」
口内とは違う、全身を包み込まれるような圧倒的な密着感。 指は彼女の腰を掴み、その指先を彼女の柔らかい肉に深く食い込ませた。それは、正真正銘の「卒業」の儀式だった。
信子さんの身体が激しく上下するたび、彼女の豊かな胸が目の前で揺れ、甘い匂いと汗の匂いが混ざり合って鼻腔を突く。指は自分の名が示す通り、その指先で彼女の背中を、腰を、そして自分の体と彼女が繋がっているその境界線を、狂ったように確かめ続けた。
「指ちゃん……っ、すごい、あなた……本当にすごいわ……!」
信子さんの歓喜に満ちた叫びと共に、指は三度目の、そして人生で最も深い解放を、彼女の最深部で迎えた。
十五歳の指にとって、それは母親の温もりを求めていた子供時代との決別であり、同時に、自分の指先で世界を、そして女性という存在を支配し、癒されることを知った、真の男としての誕生だった。
居間を包む静寂の中で、指は彼女の体温に包まれながら、自分の指先がまだ微かに震えているのを見つめていた。その指はもう、以前のような孤独な指ではなかった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、昨夜の狂乱を現実のものとして照らし出していた。
指(ゆび)が目を覚ますと、すぐ隣には信子さんの柔らかな肩があった。昨夜、何度も指先でなぞり、その熱を確かめた肌。十五歳の彼にとって、朝の光の中で見る女性の裸身は、あまりにも眩しく、そして毒々しいほどに美しかった。
「……あ、おはよう。指ちゃん」
信子さんがゆっくりと目を開け、眠たげな、けれど昨夜の余韻を湛えた瞳で彼を見つめた。昨夜、あんなに激しく乱れていた彼女が、今はまた「近所の優しいおばさん」のような微笑みを湛えている。そのギャップに、指はどうしようもない気まずさを感じ、布団を顎まで引き上げた。
「……おはようございます」
声が少しかすれていた。自分の喉に残る彼女の匂いと、下半身に残る重だるい余韻。すべてが夢ではなかったことを、身体が饒舌に物語っている。
指は、這い出すようにして自分の制服を拾い集めた。昨夜、信子さんの手によって脱がされ、床に散らばっていたそれは、まるで脱ぎ捨てられた抜け殻のようだった。制服に着替え、鏡も見ずに髪を整える彼の背中に、信子さんがシーツを纏ったまま近づき、そっと腕を回した。
「もう、行っちゃうの?」
背中に押し付けられる彼女の胸の感触に、指の指先が再びピクリと跳ねた。昨夜、あんなに貪り合った仲なのに、朝の静寂の中では、触れ合うことがひどく恐ろしいことのように感じられた。
「学校、あるから……」
「そうね。……また、肩を揉みに来てくれる?」
彼女は耳元で囁き、彼の耳たぶを甘噛みした。その瞬間、指の脳裏に昨夜の光景がフラッシュバックする。自分の指先が彼女の奥底で踊っていた、あの感触。
「……はい」
指は、逃げるように玄関へと向かった。 サンダルを履き、外の空気を吸い込んだ瞬間、ひんやりとした朝の風が火照った顔を撫でる。
門を出る直前、彼は一度だけ振り返った。玄関の影に立つ信子さんは、朝日に目を細めながら、名残惜しそうに自分の唇を指でなぞっていた。その指先は、まるで彼の感触を確かめているかのようだった。
通学路を歩きながら、指は自分の右手を見つめた。 爪の間に残るかすかな彼女の香りと、指腹に残る弾力の記憶。昨日の朝まで、ただの体の一部だったこの「指」は、今や信子さんという大人の女性を暴き、支配し、そして愛された、特別な道具へと変わっていた。
十五歳の指(ゆび)は、クラスメイトたちがまだ知らない、重くて甘い秘密をその指先に宿したまま、学校の校門をくぐった。
教室の喧騒の中に身を置くと、昨夜の出来事は、まるで古いモノクロ映画の中に迷い込んだような非現実感を伴って指(ゆび)に襲いかかってきた。
しかし、一歩歩くたびに、制服のズボンが擦れる感触が昨夜の「暴発」と「掃除」の記憶を呼び覚ます。そして何より、机の上に置いた自分の両手が、自分のものではないように見えて仕方がなかった。
「おはよ、指くん。数学の宿題やった?」
後ろの席の女子生徒が、屈託のない声で話しかけてくる。以前の彼なら、彼女の細い腕や、ポニーテールに結った項を、喉を鳴らすような思いで盗み見ていたはずだった。だが、今の彼は違う。
彼女が差し出したノートを受け取る瞬間、指の視線は無意識に彼女の指先を「鑑定」していた。 (細い……けど、違う。信子さんみたいな、あの吸い付くような湿り気がない。もっと、ただの乾いた子供の肌だ)
彼は、自分が恐ろしいほど冷徹に、クラスの女子たちを「質感」で分類していることに気づいて愕然とした。彼女たちがキャッキャと笑い合い、幼い色恋に現を抜かしている間、指の指先は、すでに大人の女性の最深部を知り、その熱に汚され、完成されてしまったのだ。
(僕の指には、まだ信子さんの匂いが残っている気がする)
彼はそっと、右手の指先を鼻に近づけてみる。チョークの粉や埃の匂いに混じって、確かにあのみだらで甘い石鹸の香りが立ち上ったような気がした。
授業中、先生が黒板に文字を書く音さえ、信子さんの喉が鳴る音に聞こえる。指はノートの端に、無意識に彼女の体の曲線をなぞるような線を書き込んでいた。
同級生の男子たちが「あいつの胸がデカい」だの「脚がエロい」だのと騒いでいるのが、ひどく滑稽で、遠い世界の出来事のように思える。彼らはまだ、本物の「柔らかさ」を知らない。指先から脳髄までが痺れ、自分が自分ではなくなるような、あの泥沼のような熱を知らないのだ。
指は、自分の右手の親指と人差し指を、机の下で強く擦り合わせた。 十五歳の少年の顔をしながら、彼の内側には、一晩で育てられた巨大な「男」の欲望が、鎌首をもたげて居座っている。
(早く、またあの場所へ戻りたい)
教科書をめくる指先が、わずかに震える。 今夜もまた、自室の暗闇で、彼は自分の指を見つめるだろう。信子さんの体温を反芻し、次に彼女の肌を抉るとき、どんな風に指を動かせば彼女がもっと狂おしい声を上げるかを、冷酷なまでの情熱でシミュレートしながら。
放課後のチャイムが鳴り響くと同時、指(ゆび)は逃げるように教室を後にした。同級生たちが部活動や買い食いに誘う声を背中で聞き流し、彼の足は吸い寄せられるように、あの生垣に囲まれた家へと向かう。
数日前まではあんなに遠く感じた信子さんの家の門が、今は獲物を待つ口のように彼を誘っていた。
「指ちゃん、待っていたわよ」
玄関を開けた信子さんは、昨夜よりもさらに薄い、身体のラインが透けて見えるようなスリップにカーディガンを羽織っただけの姿だった。夕方に差し込む斜光が、彼女の肌を黄金色に縁取る。
その姿を見た瞬間、指の指先が疼いた。
「信子さん、僕……学校にいても、ずっと……」
「わかってるわ。指ちゃんのその目が、全部教えてくれてるもの」
信子さんは彼のカバンを奪うように受け取ると、廊下で彼を壁に押し付けた。 十五歳の少年の細い身体が、熟れた果実のような彼女の肉体に包み込まれる。彼女は彼の制服のボタンを一つずつ、焦らすように外しながら、彼の右手を自分の太ももの付け根へと導いた。
「今日は、お掃除だけじゃ済まさないわよ? 指ちゃんのその綺麗な指で……昨日よりもっと、深く、私を壊して」
廊下の板間の冷たさと、彼女の肌の熱狂的なまでの熱さ。 指は、もう躊躇わなかった。彼の指先は、まるで熟練の彫刻家が粘土を捏ねるように、彼女の肉体の深淵へと突き進んでいく。昨日覚えたばかりの「急所」を、今日はより鋭く、より冷酷に責め立てた。
「あ……っ、指、ちゃん……そこ、だめ、頭が……っ!」
信子さんの声が廊下に反響する。近所の誰かに聞かれるかもしれないという恐怖が、かえって二人の欲望にガソリンを注いだ。
指は、彼女のスカートを捲り上げ、その指先を執拗に動かしながら、空いた左手で彼女の豊かな胸を掴んだ。十五歳の少年にしては、あまりにも手慣れた、そして情容赦ない愛撫。
「信子さん……もっと声を出して。僕の指が、どこまで届くか……確かめさせて」
彼は彼女の耳元で、自分でも驚くほど低い声で囁いた。 純朴だった少年は、信子さんという劇薬によって、彼女専用の「愛撫の機械」へと作り替えられていく。
二人はそのまま、居間へ辿り着くことさえもどかしく、夕闇が迫る廊下で、昨日よりもさらに深く、背徳の沼へと沈んでいった。
蜜月の終わりは、秋の訪れよりも唐突で、冷ややかなものだった。
いつものように放課後、逸る鼓動を抑えて信子さんの家の門を叩いた指(ゆび)を待っていたのは、開かれない扉だった。インターホン越しに聞こえてきた彼女の声には、昨夜までの熱情が嘘のように消え失せていた。
「指ちゃん……もう、ここへ来ちゃだめよ」
心臓が氷つくような感覚。指は震える指先で、固く閉ざされたドアの木目をなぞった。
「……どうしてですか? 信子さん、僕、何か悪いこと……」
「違うの。私が、間違っていたのよ」
ドア越しに、彼女が泣いているような、あるいは自分を強く律しているような気配が伝わってくる。
「あなたはまだ十五歳。私には、あなたを守る義務があったはずなのに……。母親代わりなんて言いながら、自分の寂しさを埋めるために、あなたを汚してしまった。このままじゃ、あなたを壊してしまう」
「汚れてなんていない! 信子さんが教えてくれたことが、僕のすべてなんだ!」
指は叫んだ。しかし、彼女の返答は、残酷なまでに「大人」の正論だった。
「それは、子供の理屈よ。……昨日、鏡に映った自分を見て、吐き気がしたわ。親友の息子を、こんな目で見つめる自分に。指ちゃん、お願い。私のことは、夏の終わりの、ただの悪い夢だと思って忘れて」
その言葉を最後に、返事は途絶えた。 指は、夕闇に沈む玄関先で立ち尽くした。ポケットの中で、彼女の肌を求めて蠢く自分の指先が、今はひどく滑稽で、惨めなものに思えた。
翌日からの学校生活は、地獄のような色彩を帯びた。 これまで信子さんを「おかず」に自慰に耽っていた頃は、まだ救いがあった。だが、本物の熱を知ってしまった今の指にとって、一人で自分を慰める行為は、空虚な砂を噛むような苦行でしかなかった。
授業中、自分の右手を見つめるたび、彼女の体温、蜜の味、そして自分を拒絶した際の声が、呪いのように蘇る。
(信子さん……あんなに、僕の指を欲しがっていたのに)
彼は教室の隅で、自分の指先を爪が白くなるほど噛んだ。 卒業したのは童貞だけではない。彼は、純粋に人を恋い慕う心さえも、あの廊下の暗がりで「卒業」させられてしまったのだ。
彼女の家の前を通るたび、カーテンが閉め切られた窓を見上げる。 かつては陽だまりのようだったその場所は、今や少年にとって、唯一無二の「楽園」であり、同時に決して許されることのない「罪の証」となった。
指は、自分の名が刻まれたその手を、ポケットの奥深くに隠した。 彼女に触れられない指など、彼にとってはもう、存在しないも同然だった。
秋の雨が、冷たく街を濡らしていた。
二十二歳になった指(ゆび)は、都内の設計事務所で働く大人になっていた。彼の指先は今、女性の肌をなぞる代わりに、精密な図面を引き、模型を削り出すことに費やされている。
あの夏、信子さんに拒絶されてから、彼は狂ったように勉強に打ち込んだ。彼女を忘れるためではなく、彼女が「子供の理屈」と切り捨てた自分を、一刻も早く終わらせるために。
法事のために数年ぶりに帰郷した彼は、駅前の小さな喫茶店で、その人を待っていた。事前に手紙を出していた。「一度だけ、大人として話をさせてほしい」と。
カラン、とドアベルが鳴り、懐かしい香りが雨の匂いと共に運ばれてくる。
「……指ちゃん?」
そこには、少しだけ目尻に皺を刻んだ、けれどあの頃と変わらない陽だまりのような瞳を持つ信子さんが立っていた。指は立ち上がり、椅子を引いた。その所作の一つひとつに、もはや十五歳の面影はない。
「いえ……今はもう、『指』と呼んでください」
二人の間に流れる空気は、あの廊下の熱帯のような湿度ではなく、大人の節度を保った乾いたものだった。信子さんは、成長した彼の逞しい肩や、落ち着いた声に、どこか寂しげな、けれど安堵したような微笑みを浮かべた。
「立派になったわね。……あの時は、ごめんなさい。身勝手な別れ方をして」
「いいんです。あの拒絶があったから、僕は子供を卒業できた」
指はテーブルの上で、自分の右手をじっと見つめた。 そして、ゆっくりとその手を伸ばし、彼女の指先に触れた。
「……あ」
信子さんが微かに息を呑む。 今の彼の指は、かつての震える少年のものではなかった。迷いがなく、力強く、そして静かな情熱を宿した男の指。
「信子さん。今の僕なら、あなたの倫理観を壊す準備ができています。子供の火遊びじゃなく、一人の男としての責任を持って」
指先が彼女の掌をなぞる。あの夏、彼女が自分に教えた「快楽の地図」を、今度は彼が、より深く、より鮮明に描き直そうとしていた。
信子さんの瞳に、かつての湿った熱がじわりと戻ってくる。彼女は震える手で、彼の指を握り返した。
「……もう、指ちゃんとは呼べないわね」
外は激しい雨。 二人はどちらからともなく席を立ち、今度は逃げるためではなく、二人だけの新しい楽園を築くために、雨の街へと消えていった。
完
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